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愛善の光/
 宇宙の根元的秩序

人類愛善会三代副総裁 出口日出麿(でぐち ひでまる)
(1897〜1991)

 全体は個々の中にひそみ、個々は全体の模型なのである。

 この意味において、人は小宇宙であり、この物質界はすなわち全大霊界の模写なのである。ゆえに現界をうつし世というのである。

 宇宙の三元について考えてみよう。

 霊のみではあり得ず、体のみでもあり得ぬ。ここに、霊体が結合してはじめて力を生じる。これはちょうど、父母が結合してはじめて子を生じる理とひとしい。

 すべて、この世に「存在」という事実が生じるのは、たえざる相反する二元の結合(悪くいえば争闘)が行なわれているからだ。昼夜、寒暑があって、はじめて動植物は発生、成育することができ、口と肛門とがそなわっているおかげで、人は生きているのであり、善悪美醜があいまじわっているためにわれらに生活意識があるのである。苦もなく楽もなく、悲しみもなく喜びもなかったら、われわれは、生きているのか死んでいるのかわからなくなるであろう。

 この相対する二元の結合作用が、無限に複雑かつ円滑になっていくことが、すなわち、この世が無限に進化していくことである。

 ただし、ここに間違ってならないことは、体を使うのは霊であって、けっして、霊は体によって支配されないことである。外見上、体によって影響は受けているが、それは霊自身が、いったん体に宿ってその反射を受けているまでである。

 口があるから肛門があるのであって、肛門があるから口があるのではない。すなわち、善のための悪、美のための醜、肯定のための否定なのである。霊のための体であって、体のための霊ではない。

 これは宇宙の根元的秩序である。             ○

 人間は、縦に祈ることによって、より多く神愛、神知、神力を受けることができ、横に実行することにより、はじめて神の容器としての自己を鍛練し、拡大していくことができるのである。

 祈りと実行とは、霊と体との関係のようなものである。

天声社刊『生きがいの確信』から)



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