| 命の尊さを考える社会作りを 「死刑廃止キャンペーン」が全国を横断
死刑と聞いて、読者の皆さんは、どういうイメージを持たれるだろうか。まして、「少年死刑囚」という言葉は、かなりショッキングなのではないだろうか。
死刑に値する罪を犯した者は死刑にして当然―とする論理で、日本は死刑を存続している。しかし、死刑の実態は国民にほとんど知らされていない。死刑とは、いわば国家の名の下に行われている"殺人"であり、国民として無関心では済まされない問題だと言える。
今年五月、米国から死刑廃止を訴える二人の活動家を招き、日本の各地で展開された「死刑廃止キャンペーン」を取材した。
 トシ・カザマ氏
 シスター・ヘレン・プレジャンさん
「『死刑を止めよう』宗教者ネットワーク」と「アムネスティ・インターナショナル」などが主体となり、5月22日から6月1日まで全国縦断の「死刑廃止キャンペーン」を展開。講演者として、米国から在米日本人カメラマン、トシ・カザマ氏と、ハリウッドで映画化もされた小説「デッドマン・ウオーキング」の作者、シスター・ヘレン・プレジャンさんを迎えた。
「デッドマン・ウオーキング」は、プレジャンさんが犯罪被害者の家族の側からの非難にさらされながら、死刑囚の心の支えになり、死刑に立ち会うまでの体験を克明に描いたもの。「死刑反対」と主張するのではなく、社会制度としての死刑を個々の問題として考えることを訴えている。南部諸州で全米の三分の二の死刑が執行されている、被害者が白人か黒人かで死刑判決が変わる、米国の死刑の実態も描かれている。
カザマ氏は、自らも犯罪被害者でありながら、少年死刑囚の写真を撮り続けている。プレジャンさんはカトリック修道女として死刑執行に立ち会い、死を見つめて来た。2人は、米国の死刑制度の現状、少年死刑囚の実態などを通して、命の尊さ、死刑の悲惨さを訴えた。
前非を悔い改める
5月23日、山口市の天使幼稚園を会場に、プレジャンさんと、大本大道場次長の高木日出喜氏(本紙編集委員)を含む日本の宗教者3人がパネリストとなり、シンポジウム「宗教は死刑とどう向き合っているか」が行われた。
高木氏は、「大本では、人はみな尊い神の子神の宮として生まれ、どのような人の命でも奪ったり奪われたりすべきものではない。罪を犯したものはその前非を悔い改め、自身の霊性を高めるよう、現実社会で修行することが求められている」と述べた。
犯罪の起きない社会に
5月26日には、神戸市のカトリック神戸中央教会で、カザマ氏の作品をスライド上映する「少年死刑囚を撮り続けて」とプレジャンさんの基調講演「いのちを見つめて」が行われた。
カザマ氏は、犯罪の少ない社会にしようとするプロジェクトに参画し、米国の少年死刑囚とその家族、被害者の遺族、処刑室、処刑器具などを撮り続けている。その作品を紹介し、彼らを取り巻く社会の問題点を指摘。「死刑制度や死刑の実態について知らずに、反対だ賛成だと言っている現状があります。死刑は犯罪の抑制にはならない安易な方法で、社会の損失に過ぎません。彼ら死刑囚から学ぶことはたくさんあると思います。なぜ犯罪が起きたのか。いろいろな方面からその犯罪の原因について検証して、二度とそのような犯罪が起きない社会にしていくことが大切です」と語った。
プレジャンさんは、ある死刑囚との文通で始まった、自分の死刑廃止運動の道のりについて、次のように述べた。「死刑囚、被害者の家族、刑務官との出合いなどを通して、死刑とその制度について考えさせられました。罪の無い人が無残に殺されると、普通の人は怒りを感じます。そして、そういう事件の犯人は死刑になるのが当然と思うでしょう。 しかし、宗教者として死刑にはやはり反対しなければなりません。
死刑執行に立ち会うことで被害者の家族が癒やしを得るのだと考える社会とは、どういう社会なのでしょうか。犯人は憎いかもしれませんが、その家族にまで憎しみを向けてはいけません。加害者の家族もある意味で被害者なのです。
『デッドマン・ウオーキング』は、単なる死刑反対をテーマにした本ではなく、"死刑制度のもとに人を殺すとは、どういうことなのか"考えてもらうことを意図したものです。子どもを殺されたにもかかわらず、加害者の死刑を望まなかった父親に、心を動かされたことがきっかけで書いたものです。被害者の家族の悲しみ、死刑囚の家族のつらい思いなどを描いています。皆さんもぜひ、実際の死刑はどういうものなのかを勉強し、理解を深めて下さい」
愛情の飢えが原因
5月28日には亀岡市で人類愛善会主催により「ともに命を考える」と題し、カザマ氏が講演。次のように語った。
「今までにアラバマ州、ルイジアナ州、オクラホマ州などで 20人の少年死刑囚と出合い、写真を撮ってきましたが、彼らはどこにでも
いるような子どもたちで、どうして犯罪を犯したのかわからない。彼らに共通して言えることは、愛に飢えているということです。
誰か一人でも彼らに惜しみない愛を与えていたら、犯罪者にはならなかったと思います。
死刑囚は貧しい家庭の子どもがほとんどです。米国の19の州に少年死刑囚がいますが、もしお金があり、しかるべき弁護士が雇えたら、
裁判で死刑にはならないでしょう。ここに米国社会の怖さがあります。
死刑執行に立ち会ってほしいと、ある少年から申し出がありましたが、それはどうしてもできませんでした。彼の処刑時間を迎えた
経験はとてもつらいものでした。
私も1年半前に暴漢に襲われて大けがをし、今も後遺症に苦しんでいますが、自分の家族には罪を憎んで人を憎まずと言い続けて
います。
憎しみの連鎖は決して良い結果は生まないと信じているからです。まだ捕まっていない犯人には、心から謝罪してもらいたいと
思ってます」
日本でも、人の命を粗末に扱う事件が相次ぎ、命の尊さがないがしろにされていると感じる。
今一度、人の命の尊さについて学び、社会に向かって訴えることが求められている。これからも国内外の関係者と連携して、
死刑廃止運動に取り組んで行かなければならない。(本紙・高野春樹)
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