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インタビュー城忠彰教授に聞く
未来志向の国・モンゴル 今後の非核平和外交に期待
今年3月末、モンゴルの非核兵器政策について調べるため、
現地を訪れた広島修道大学の城忠彰教授(国際法/写真左)に、モンゴルという国についての印象や、
同国の非核政策とアジアの将来などについてうかがった。
――初めてモンゴルを訪問され、どんな印象を持たれましたか。 城 まだ冬でしたので、私たち日本人が典型的なモンゴルの風景としてイメージする、緑の草原を見ることは できませんでしたが、行けども行けども見渡す限りの草原で、やはり『大自然の国』だと感じました。 また、社会に若さが感じられる国だと思いました。もちろん、国としての歴史は古いわけですが、 1990年代になって、国の体制が社会主義から自由主義に変わり、経済発展の最中であるためか、若い息吹きを感じました。 私もこれまでアジア各国を訪問する機会があり、マニラ(フィリピン)やクアラルンプール(マレーシア)、 バンコク(タイ)といった首都を知っています。 そこには高層ビルも立ち並び、ウランバートルに比べずっと近代的な大都会です。 しかし、経済成長もある程度達成され、社会が停滞しているとまでは言えませんが、一応、現状に充足しながら 生きようという表情が、市民の間に見て取れます。 それに比べ、モンゴルの社会は、人間でいえば、知識欲や活力に満ちた青年期のような感じです。 国としても広く国際社会に目を向け、新しい技術や外国資本を導入して、経済発展を進めようとしています。 一般的にモンゴルは、経済的には貧しい発展途上国という見方をされているようですが、 ウランバートルに暮らす市民の表情は決して暗くありませんでした。 一言でいえば「未来志向の国」とでもいうのでしょうか。 社会全体が将来に向けて希望を持って動き始めているという、新鮮な印象を受けました。 モンゴルの英断に驚き ――国際社会の中でモンゴルを見た時、どうお感じになっていますか。 城 モンゴルはこの数百年の間、国際社会や世界の動きにほとんど関係がなく、あまり目立たない存在でした。 1917年にロシア革命が起こり、ソ連が誕生した後、モンゴルは世界で2番目の社会主義国となり、 東側陣営の一員として歩みました。 国連には61年に加盟、日本とは72年に国交を樹立しています。 しかし、社会主義時代のモンゴルは、いわばベールに包まれた未知の存在で、日本との交流も今ほど盛んでは ありませんでした。 モンゴルが国際社会で注目され、その実像が分かるようになったのは、92年に自由主義体制の 「モンゴル国」として再出発してからのことです。 そのオチルバト初代大統領は、同年の国連総会演説で「非核兵器国としてのモンゴル」を表明され、 モンゴルは一挙に国際社会の注目を浴びました。オチルバト大統領はその後も何回か国連総会で同国の非核政策を アピールし、98年になって「モンゴルの一国非核の地位」が国連総会で承認されました。 これは、モンゴルが核兵器の製造、保持、持ち込みをしない代わりに、国連安全保障理事会の常任理事国でも ある核保有5か国は、モンゴルに対して安全保障を供与するというものです。 それを実現させるまでには、大統領の強い意志とモンゴルの優秀な外交官や研究者たちの努力と苦労があった ことが、今回の訪問調査でよく理解できました。 これまで世界には、核兵器の製造、実験、取得、保管などしないことを約束する非核兵器条約が四つ生まれ、 それぞれの地域の非核化が実現しています。 最初が1967年のラテンアメリカ核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)、その後、85年の南大平洋非核地帯 条約(ラロトンガ条約)、95年の東南アジア非核兵器地帯条約(バンコク条約)、96年のアフリカ非核兵器地帯条約 (ペリンダバ条約)が締結されました。 これらは複数の国が集まって、一帯の非核化を実現させているものです。 しかし、一国だけで非核兵器地帯を実現させたのはモンゴルが最初です。 核兵器を保有するロシアと中国という二つの大国に挟まれているという地理的な背景もあって生まれた政策です が、世界に類例のないユニークなものです。 私は30年余り、世界の「非核兵器地帯」について研究して参りましたが、モンゴルの先見性ある英断に驚き、 注目しています。 中央アジアも非核化へ ――モンゴルの非核政策はその後、国際社会にどんな影響を与えましたか。 城 まず、旧ソ連から独立した中央アジアの5カ国、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、 ウズベキスタンが、モンゴルの影響を受け、97年の「アルマティ宣言」により非核地帯化に正式合意しました。 2002年には条約文の合意をみており、条約の締結に向けて作業が進められています。 モンゴルはカザフスタンと直接に国境を接していないため中央アジア非核地帯には加盟できませんが、 今後、中央アジアや日本を含む北東アジアの非核地帯化に好ましい影響力を持っていけるのではないでしょうか。 また、モンゴルの国土は日本の4倍もありますが、人口は約250万人です。 しかし、国は小さくても中東和平の仲介役として力を発揮しているノルウェーのように、平和外交における大国 となれる可能性も大きいと思います。 モンゴル出身の朝青龍や白鵬の活躍もあって、日本に親近感を持つ人が多く、 日本外交にとっても貴重なパートナーということができます。 今後のモンゴルの働きに期待したいと思います。 ――どうもありがとうございました。 (4月28日・人類愛善会総本部で) (写真下)P・オチルバト元モンゴル国初代大統領(左)と城忠彰教授 (今年3月23日、ウランバートルで)
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