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『主張』 真の道徳は人類愛善精神から |
いま日本の教育は、凶悪化する青少年犯罪、不登校、いじめ、学級崩壊、家庭崩壊など深刻な問題に直面している。その主な原因は、現行の教育基本法の下で道徳教育と、本来道徳の基礎となるべき宗教教育をないがしろにしてきたところにある。
戦後の教育現場では、戦前の国家主義的、全体主義的教育の復活を警戒するあまり、道徳教育そのものが長く軽視、否定されてきた。そして、民主主義的な「個の尊重」が「自由」と混同され、いまや身勝手や利己主義がまかり通る社会となった。
道徳教育とは、他者への尊敬と思いやり、社会的規範を順守する意識などを身につけ、切磋琢磨しながら人格の向上、完成を図るものである。しかし、その根底に、人間の力を超えた何か、つまり神仏の存在や自然への畏敬の念が置かれないと、表面的な内容で終わってしまう。
このため、道徳教育の中で宗教的情操を育むことは、大変重要であり、宗教教育は欠かせない。実は、今でも公教育の場での宗教教育が排除、禁止されているわけではない。
教育基本法は、第15条で次のように定めている。「宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。2、国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない」
つまり、同法2項が禁止しているのは、「特定の宗教のための宗教教育」であって、「宗教全般」についてのそれではない。このことが誤解されてきた結果、教育の現場では宗教的知識を教え、宗教的情操を育むことも軽んじられ、宗教教育はほとんど実施されてこなかった。
出口王仁三郎初代総裁は、『徳育を忘れて知育におぼれたる報いは地上の乱れとなりけり』と、道徳教育の重要さを示している。今日、このことは人類愛善会員のみならず、広く日本の宗教者が感じており、そのための教育改革を強く願っている。
日本宗教連盟は平成15年1月、教育基本法改正などを検討する中央教育審議会(中教審)に対し、「中教審中間報告に対する『意見書』」を提出。特定の宗派教育を禁止し、『宗教的伝統文化教育』の実施などを求めた。また、同年2月には全日本仏教会も、同様の主旨の「要請書」を中教審に提出している。
しかし、教育現場で特定の宗教の教えや行事を排して、宗教教育ができるかどうかが問題だ。それを克服するためには、宗教・宗派を越えた普遍的な宗教的価値観の共有が必要である。
初代総裁は「万教同根・人類愛善」を説いた。すべて世界の正しい宗教・宗派は、同じ一つの根源(神仏)から生まれ、それら宗教に共通する教えの本質は、人類相互の愛と善の実践にあるという考えである。この考えに基づく、特定の宗教・宗派に偏らない宗教教育こそが、真の道徳教育を可能にする。また、真の道徳教育こそ、荒廃する学校教育をよみがえらせる基盤となろう。
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