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第93回日本エスペラント大会・岡山
/100周年を祝い新たな展開へ



(写真) 不在参加者を除く参加者全員による記念撮影 photo

 日本のエスペラント運動は今年、100周年を迎えた。それを記念する「第93回日本エスペラント大会」が、 「百年の歴史から新しい展開を」をテーマに、10月7日から9日まで、岡山市の岡山コンベンションセンターで開かれた。

 岡山は日本のエスペラント運動の発祥地の一つである。ドイツ、フランス、エストニア、ブルガリア、 スウェーデン、韓国などのエスペランティストを含め、国内外から約500人が参加。

 草創期の運動史を振り返りながら、 来年8月に横浜で開かれる「第92回世界エスペラント大会」の成功と、運動の継承と発展を誓い合った。


 言語、民族や宗教の違いによる差別をなくし、人類の融和を説く『人類人主義』を掲げ、 ポーラントの眼科医ラザロ・ルドビコ・ザメンホフ博士が、国際共通語・エスペラントを創案・発表したのは、 明治20(1887)年のこと。

 その4年後、日本にも最初の学習者(動物学者・丘浅次郎氏)が現われた。明治39(1906)年6月には 運動が組織化され、現在のJEI(日本エスペラント学会)の前身である、日本エスペラント協会が発足。 それから今年でちょうど100年になる。

 そして、岡山県は日本のエスペラント運動史の中でも、重要な舞台となり、優れた先人たちを数多く輩出してきたことで知られる。

 その筆頭は、明治33(1900)年に開校したばかりの岡山第六高等学校に英語・ラテン語の教師として赴任した、イギリス人宣教師エドワード・ガントレットだった。

 ガントレット氏は間もなくエスペラントを習得。地元での講習会や通信教育で700人近くを教え、 この学習生たちの存在が大きな土台となって、エスペラント協会の創立も実現したとされる。

 また、決して忘れてはならない先人として、後に東洋人初のUEA(世界エスペラント協会)会長を務めた 八木日出雄氏がいる。八木氏は産婦人科医で元岡山大学学長。34歳から65歳で没するまでの後半生を岡山で過ごした。

 昭和37(1962)年にUEA会長に就任した八木氏は、第50回世界エスペラント世界大会の東京招致に尽力。 しかし、昭和39(1964)年、脳出血のため死去。東京大会開催の前年のことで、その早すぎる死が惜しまれた。

 また、 八木氏は京都帝大医学部の学生時代、すでにUEAの京都地区委員(デレギート)を務め、 大正12年に大本を訪問。よく年3月のUEA機関誌「エスペラント」には、24歳の八木青年の筆による一文 「大本―日本における新精神運動」が掲載された。

 この記事は海外から人類愛善会・大本への問い合わせや訪問の呼び水となった。

 岡山ゆかりの人類愛善会・大本の関係者では、出口日出麿人類愛善会三代副総裁、加藤明子氏(出口王仁三郎初代総裁側近)が知られている。

 二人共に倉敷の出身で、三代副総裁は、岡山六高、京都帝国大学文学部在学中にエスペラントを学習。 大本本部に奉職後の大正15年には機関誌『神の国』(同年7月号)に、論文「エス語学習の必要―中等学校に採用せよ」 を発表。その論文は今日も新鮮な、説得力ある内容となっている

 加藤氏は大正12年5月、初代総裁からエスペラント研究を命じられ、京都帝大の学生だった三代副総裁 からの情報も得て、同志社大学で開かれた講座に参加し、大本職員としては初めてエスペラントを学習。 その後の教団・人類愛善会内のエスペラント普及に道を開いた。


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 岡山大会では、こうした地元ゆかりの先人達の偉業を振り返るシンポジウムや分科会を開催。9日朝の 分科会「岡山とエスペラント」では、鹿子木旦夫人類愛善会副会長が、人類愛善会・大本のエスぺラント運動と 三代副総裁について語った。(写真右)



 大会には総本部、地元岡山はじめ各地から多数参加。草創期の先人たちの熱意に触れ、 今後のエスペラント運動推進に思いを新たにした。  



(写真下)
(左)エドワード・ガントレット氏(1868-1956)。 イギリス出身で英語教育、音楽など多方面に豊かな才能を発揮。岡山六高の教師時代にエスペランティストとなり、 多くの後進を育成。日本のエスペラント運動の基礎を築いた。明治期の日本に大きな影響を与えた西洋人の一人で、 恒子夫人の実弟は音楽家の山田耕筰。

(中)八木日出雄氏(1899-1964)。兵庫県西宮市の出身で、京都帝大医学部助教授を経て、岡山大学教授、同学長。 昭和37年から2年間、UEA(世界エスぺラント協会)会長を務めた

(右)出口日出麿人類愛善会三代副総裁(1897〜1991)。 倉敷市出身で岡山六高、京都帝大に在学中にエスペラントを学んだ。戦前、中国・朝鮮半島で活躍中も エスペラントを活用。会員・信徒にその重要性を説き、学習を勧めた。

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来年は横浜で世界大会

 / 綾部では交流会「Bonvenon al Oomoto」


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 第92回世界エスペラント大会が、来年8月4日から11日まで、横浜市のパシフィコ横浜/横浜みなとみらいホールを会場に開かれる。 日本で同世界大会が開かれるのは、昭和40(1965)年に東京で開かれた第50回大会以来、42年ぶりのこと。

 現在、19人から成るLKK(Loka kongresa komitato)を組織し、日本のエスペラント界を挙げて開催準備に当たっている。

 また、大会後の8月12日から14日まで、京都府綾部市の大本本部梅松苑では、国際交流行事「Bonvenon al Oomoto」が、 大本本部・人類愛善会・EPAの共催で開かれる。

(写真下)
(日本大会開会式であいさつするLLK(国内準備委員会)委員ら。 大本・人類愛善会からは硲大福氏(=左端、大本本部教学研さん所資料室室長、日本エスペラント学会理事)が芸術担当LLK委員に就任。 日本文化を紹介するNacia vespero(日本の夕べ)などの準備を進めている

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