しんぶんろご しんぶんろご12月号  P1   P2   P3   P4   P5   P6   P7     バックナンバー   TOP 

世界連邦とエスペラントに市民の共感

 平成18年度吹田市民文化祭参加  公開講演会

世界規模の視点を養う / 「心に灯火がともった」 

(写真)ノーベル物理学賞を受賞したドイツのアインシュタイン博士は、ナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命。戦後、自らの研究が原爆製造につながったことを悔い、同じく後にノーベル物理学賞を受賞した日本の湯川秀樹博士らと、世界連邦運動の推進者となった 。写真はユージニ・アーマンさんが講演で使用したエスペラントによる資料から

photo

 去る11月3日、市民に世界連邦とエスペラントを紹介し、世界平和について考えてもらおうという公開講演会『世界規模の視点を養う』が、吹田市(大阪府)のメイシアターを会場に開かれた。

 平成18年度吹田市民文化祭の参加行事として、吹田エスペラント会・吹田市教育委員会・吹田文化団体協議会の共催で開催。 そのきっかけは、吹田エスペラント会事務局長の松田洋子さんが、本紙2月号掲載の世界連邦関連記事『真の世界平和を日本から』を読んだことにあったという。

 講演会では、人類愛善会員で世界連邦運動協会広島支部事務局長の森下峯子さんが、『戦後60年決議を知っていますか? 〜世界連邦の目指すもの』とのテーマで講演。また、昨年10月から人類愛善会国際部に一年間勤務した、暫定世界議会事務局長のユージニ・アーマンさんが、『世界憲法と世界議会の歴史』と題して講話した。

 森下さんは、昨年8月に衆議院で採択された「戦後60年決議」に、世界平和実現に向けて日本政府が取り組むべき施策の一つとして、「世界連邦実現への道の探求」とが盛り込まれたことを説明。世界連邦実現には、国連や国際司法裁判所の改革、国際刑事裁判所(ICC)への日本の早期加盟などが必要であることを訴えた。

 また、世界的なネットワークを持つ世界連邦運動団体の一つである暫定世界議会のアーマン事務局長は、同議会が25年をかけて作成した「世界憲法」草案とその憲法規定に添って開いてきた「世界議会」の歴史を、エスペラントで解説した。

 二人は共にエスペランティストで世界連邦運動家だが、もともとエスペラントと世界連邦運動の関係は深かった。第二次世界大戦後の世界連邦運動の草創期、世界的に多くのエスペランティストたちが世界連邦運動に共鳴して参加。その後の運動に少なからぬ影響を与えてきた。

 2002年にロンドンで開かれた、世界連邦運動協会(WFM)の世界大会では、初めてエスペラントのセミナーが開かれ、「世界連邦主義者にエスペラントの学習を奨励」する決議が採択された。

 また、暫定世界議会は、04年、世界連邦の共通語にエスペラント語を採用することを決定。同議会内での普及に努めている。

 講演の幕あいに、司会の松田洋子さんは、「今晩のおかずを考えながら、世界連邦の実現を考えることは、簡単ではありません。それでも、殺伐とした世の中だからこそ、自分は何ができるのか、メニュー選びとともに考えましょう」と呼びかけた。

 これに対し参加者からは、「このままでは世の中がどうなっていくのか不安ですが、このような理想を持った人々がいることを知り、とても元気が出ました。心に灯火がともった気がします」といった発言があった。

 世界連邦運動とエスペラント運動は、世界平和実現と人類の融和という共通の目標を持つ。両者はお互いを必要とする関係にあり、今回のような催しが各地に広がり、人々に未来への希望を与えていくことが期待されている。  



photo森下峯子さん   photoユージニ・アーマンさん


photo熱心に聴講する市民ら

  


 



尼崎列車事故から1年半 関西エス連盟会員らが呼びかけ

 / 3千羽の折り鶴ささげ追悼 


  昨年4月25日、兵庫県尼崎市のJR尼崎駅近くで起こった、「JR宝塚線脱線事故」は乗員・乗客合わせ107人もの死者を出す 大惨事となった。あれから1年半を迎えようとする今年10月23日、関西のエスぺランティストらの呼びかけによる、追悼の祈りが、 事故現場の献花台前で催された。

  約30人の参加者は犠牲者の霊前に3千羽の折り鶴を捧げて、犠牲者の冥福を祈った。その折り鶴は、今年6月、 事故現場近くにある英知大学を会場に開かれた「第54回関西エスペラント大会」の事務局の呼び掛けに応え、市民が折ったもの。

 主旨に賛同した大会参加者のほか、学生・職員、外国人留学生など英知大学のおよそ100人の関係者など、10数カ国の異なる文化や宗教を背景に持つ人々が、心を一つにして祈った。

 内モンゴルからの留学生は、「大空を自由に飛ぶツルのように、亡くなった人たちが天国でも、自由に幸せでいてほしいと願いながら折りました」と話す。

 英知大学助教授でエスペランティストの沼波義彦さんは、学生たちに折り鶴作りを呼びかけてきた。「私自身も自分の手で折り鶴を糸でつなぎ、初めて犠牲となった方々のことが実感できました。学生たちにとっても、貴重な経験となったはず」と述べた。

 豊中エスペラント会所属の神島美代子さん(人類愛善会員)は、自宅や外出先でも折り続け、多い日は150羽を折った。献花台に近づくにつれ胸がつまり、涙が込み上げたという。「事故と犠牲となられた方々のことを、忘れることはできません。私たちが今を一生懸命生きることが、その方々の命を無駄にしないことにつながるのではないのでしょうか」と話す。

 この折り鶴作りは、その後もさまざまな方面にネットワークが拡大。現在、累計5千羽の作製をめざして活動が続いているという。



photo

当日は雨空の下、約30人で現地に向かい、折り鶴を奉納。黙とうの後、カトリック聖歌(賛美歌)を斉唱した。写真中央、折り鶴を手に持っている女性が神島美代子さん

photo



前へ   次へ

バックナンバー

TOP