しんぶんろご しんぶんろご12月号  P1   P2   P3   P4   P5   P6   p7        バックナンバー   TOP 


モンゴルセンターだより 12


松田達夫(人類愛善会総本部事務局次長)

聖山・アルタンオボーに登る

(写真下)早朝、聖山アルタンオボーの山頂からのながめ

photo

 この秋、児童支援の学用品を届けるためにモンゴルの東南部を訪れた。その道中、スフバートル県ダリガンガ村の近くにある、聖山・アルタンオボーを訪れた。この聖山は、モンゴルが国家として崇拝する五つの聖なるものの一つ。モンゴル人なら誰もが一生に一度は訪れてみたいと願い、崇敬する聖地だと聞いた。

 ダリガンガ村はモンゴルの東南端に位置し、中国(内モンゴル)との国境に近い。この地域はかつて火山地帯であったことから、多くの死火山が点在する。その山々の中にアルタンオボー山はある。

 ただ、この地域はウランバートルから遠く離れ、交通の便が少ないことから、誰もが簡単に行けない秘境でもある。ウランバートルから車で二日。ご来光を拝むためには、夜明け前の道を車で約1時間走り、現地の案内人を頼まなければうまくたどり着くことさえできない。

 山のふもとに着くと、そこから馬の背のように切り立った尾根を登ることになる。一帯の気候は主都ウランバートルよりもやや暖かい。草原は一層平らで、羊、ヤギをはじめ、馬やラクダなど、さまざまな動物の遊牧が見られる。

 しかし、アルタンオボーでは年中強い風が吹き、人の体を吹き飛ばしてしまうことさえあるという。そんな日は、大きな石を両手で抱えて体重を増やして、背をかがめて登るのだと教えられた。そう教えてくれたモンゴル人自身も、かつて風に吹き飛ばされて十メートル以上も滑落した経験を持っていた。

 頂上にたどり着くと、大きなオボー(ケルン状の石積み)の真ん中に、馬のしっぽで作られたモンゴルの伝統的な旗が立てられ、たくさんの聖なる青い布や、お茶やウォッカ、線香など数々のお供え物が置かれている。人々はオボーの周りを時計回りに回りながら真剣にお祈りをしていた。自然を崇拝し、大地をあがめるモンゴルの人々の姿に、現代社会から失われつつある大切なものを強く感じずにはおられなかった。

 やがて東の地平線から、真っ赤な太陽が昇りだした。だれもが自然に手を合わせてしまうような、厳かな瞬間である。ほんのしばらくのうちに周囲はすっかり明るくなり、眼下の山々が目に入ってくる。真下には、熊本の阿蘇山の風景にも似たドーナツ型の噴火口跡が、美しい緑に覆われているのが見える。

 この聖山には一つの伝説がある。かつて、権力と戦って民衆の苦しみを救ったといわれる盗賊がこの穴の中に多くの馬を隠し、隠れ家としていたということだ。  

 



愛善の光
 

人類愛善会三代総裁 出口直日(でぐち なおひ)
(1902〜1990)

社会に支えられた自分


 むかしの人は、今の人よりも、一般に貧しい暮らしに耐えてきています。そして、今のように道徳について、 やかましくいわれたわけではありませんが、それぞれに身を修めてきたものです。 むかしのお母さんたちの、一般は無智で、あまり学問をしていなかったにもかかわらず、 その時代の子どものほうが、いまどきの子どもより、礼儀についても案外よく身につけています。  



  今の教育は、どちらかというと、批判力をつける点ではすぐれていますが、その批判はおおむね他に対してで、自分を批判する力を与える点では欠けているように思われます。

 人間は自分に対しては甘くできていて、自分の都合のよいように考えるもので、それだけにこの欠点がおぎなわれなくては、どこまでいっても世の中は、みなが平安な気持ちで楽しくすごせるということは、ちょっと、望めなくなってしまいます。

 みなが自分の判断で、勝手なことをしたのでは、理屈の上ではわかっても、人間には感情というものがあります、それが先に立ち、トゲトゲしておもしろくない気持ちが自然と生じます。

 ことに、お互いが自分の正しいことを主張したり、それぞれの権利ばかりを主張してゆけばしまいにはどうなるでしょう。みなが気持ちよく暮らしてゆきたいにもかかわらず、それではお互いが地獄を作りあっているようなものでしょう。

 やはり、他を批判すると同時に、自己を批判し、反省することによって、自己をささえてくれている社会環境を、よりよく育てようとする考えが指導されなければなりません。

 たとえば、古来伝えられてきた謙譲の徳というようなことも、改めて考えてみるべきではないでしょうか。



前へ

バックナンバー

TOP