しんぶんろご しんぶんろご1月号  P1   P2   P3   P4   P5   P6   P7     バックナンバー   TOP 

シナイ山合同礼拝を再び

世界連邦日本宗教委員会が呼びかけ

宗教者による世界平和の組織作りめざす
  / 『中道』が中東和平実現のカギ

photo (写真左)イスラエルと国境を接するエジプトのシナイ半島の南部に、ユダヤ教の始祖モーゼが、神から「十戒」を授かったとされるシナイ山がある。写真は1984年3月に開かれた、第2回シナイ合同礼拝式典「人類の和解と世界の平和」



 世界連邦日本宗教委員会(世連日宗委)の主催による 「第28回世界連邦平和促進全国宗教者東京大会」が、昨年11月29日、「人類に平和を―新世紀における諸宗教の対話と 行動」をテーマに、國學院大學百周年記念館で開催された。

 今大会は、2001年の9・11米国同時多発テロ事件以降、宗教・民族の対立という根深い問題が、 あらためて問われていることを強く意識。また、40年近い活動の中で、積み上げてきた中東和平実現への取り組みを 再確認。

 大会宣言で、「設立当初の目的の一つでもある、ユダヤ、キリスト、イスラムの相互理解と和解をめざして、三教共通の発祥の聖山シナイ山における共同礼拝をあらためて世界の宗教者に呼びかけ、今後の目標と課題について対話、協力、連帯をさらに深め、世界の宗教代表者が集う『世界宗教連盟』を近未来に実現し、恒久平和実現の理想をめざす」と表明した。


世連日宗委と中東問題

     超宗教・宗派で構成する世連日宗委は、「世界連邦運動」を宗教者の立場から推進することを目的に、昭和42年に創立。世界の諸宗教の和解と協力が世界平和の実現に欠かせないとして、諸宗教の和解と協力を促す活動を海外でも積極的に展開してきた。

 1977(昭和52)年5月には、エジプトのイスラム最高審議会の招きで、世連日宗委の使節団が同国を訪問 してサダト大統領(当時)と会見。それがきっかけとなり、同大統領は同年11月、長く敵対関係にあった隣国のイスラエルを訪問。同国のペギン首相(当時)と会見した。

 その翌年の78年3月、エジプトはアラブ諸国で初めてイスラエルと平和条約を締結。 イスラエルは第3次中東戦争(1967)以来占領していたシナイ半島を、エジプトに返還した。

 両国の決断は、中東和平に道を開く画期的な出来事として高く評価され、サダト大統領とペギン首相は、78年のノーベル平和賞を受賞した。

 1979(昭和54)年5月には、世連日宗委の呼び掛けで、ユダヤ教の始祖モーゼが神から「十戒」を授かった という聖山シナイ山で、世界平和を祈る式典が、ユダヤ教、キリスト教、イスラムの合同礼拝式として行われた。

 しかし、昭和56年10月、エジプトのサダト大統領は、イスラム原理主義者の凶弾に倒れた。 その3年後の昭和59年3月、第2回のシナイ山合同礼拝式「人類の和解と世界の平和」が、サダト大統領への追悼の意味も込めて開かれた。

 世連日宗委はカトリックの総本山バチカンもたびたび訪問。その活動は、キリスト教カトリックが 「バチカン第2公会議」(1962)以来進めていた「キリスト教世界の一致と他宗教との対話」(エキュメニカル運動) とも合流。昭和61年10月、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世はイタリア・アッシジにおける「第1回世界平和祈祷集会」 を開催した。さらに翌87年8月には、その流れを汲んで「比叡山宗教サミット」が開催された。

 しかし、サダト大統領暗殺から13年後の1995年11月、今度はイスラエルのラビン首相が、 ユダヤ教原理主義者によって暗殺された。同首相は前年、国際的な仲介による「和平プロセス」に同意したパレスチナのアラファト議長と共に、ノーベル平和賞を受賞していた。


『中道』という新たな方向

 中東和平は原理主義の壁に阻まれて、なかなか進展して来なかった。これに対し、原理主義者も歩み寄れる新たな土俵づくりとして、パレスチナで「イスラムワサティア党」の立ち上げを進めているのが、ヨルダン出身のパレスチナ人で、エルサレムにあるアルクドゥス大学のムンサル・ダジャーニ教授だ。

 博士は、コーランにある、「正義と道の中央」を意味する「ワサティア」という教えを重視。コーランを元に排他的な原理主義に走るのではなく、同じコーランの示す、協調して調和する在り方に帰ることを促している。

 東京大会では、ダジャーニ教授が基調講演。パレスチナ解放運動に加わった青年時代以降、欧米で学ぶ中で異なる価値観を理解し、現在の自分の考え方があることなどを紹介。イスラエル、パレスチナの双方が、自分たちだけの国の樹立しか認めないという排他的姿勢を捨てるべきであると力説した。

 歴史的に西洋の一神教は互いに争い、長く他の宗教に門戸を閉ざしてきた。そこに新しい交流の門を開く上 で、日本の宗教界が果たしてきた役割は大きい。今回の大会では、その実績を踏まえ、対話からさらに進んで、 近未来の「世界宗教連盟」の設立を視野に、3回目となる「シナイ山共同礼拝」を呼びかけ、諸宗教による具体的な活動の開始を呈示した。

 宗教の動向が世界平和の行方を左右する今日、世連日宗委の取り組みの今後が注目される。

photo (写真左)
1977年5月、エジプトのサダト大統領と会談した世界連邦日本宗教委員会の使節団一行。廣瀬靜水人類愛善会会長(左から4人目)、その右にサダト大統領、葉上照澄比叡山延暦寺長藹、ムバラク首相(肩書きは当時)

photo (写真左)
昨年11月29日、東京の國学院大學百周年会館を会場に開かれた、 第28回世界連邦平和促進全国宗教者大会の開会式であいさつする、廣瀬靜水世界連邦日本宗教委員会委員長(人類愛善会名誉会長)

photo (写真左)
講演するアルクドゥス大学(エルサレム)のムンサル・ダジャーニ教授


「日本が示した世界連邦運動の規範」
 / 世界連邦国会決議を各国の運動団体が絶賛

世界連邦運動協会国際委員長 高木 旭

(写真)アメリカ・ニューヨークの世界連邦運動(WFM)本部で。左からキース・ベスト執行委員長、ウィリアム・ペース専務理事、加藤俊作世界連邦運動協会理論政策委員長、ジェームス・クリスティ理事長、筆者、今村義治世界連邦運動協会政治活動副委員長(2006年10月28日)

photo

 一昨年8月、日本の衆議院で、わが国の平和外交政策の一環として、 「世界連邦実現の道を探求する」との文言を盛り込んだ国会決議(戦後60年決議)が採択された。それは、日本の世界連邦運動が戦後半世紀以上の歳月をかけてようやく達成した悲願であり、世界初の快挙であった。

 同決議に基づき、政府は外務省総合外交政策局・政策企画室を、世界連邦運動の担当部署に指定。 昨年6月には、世界連邦運動5団体からの意見として、国連改革、東アジア共同体の実現、国際刑事裁判所への早期加入を骨子とする「政策提言」を、外務省に提出。同省からは、それに賛同するとの正式回答を得た。

 こうした日本の業績を私は、昨年10月28日、米国ニューヨークの国連ビルの真向かいにある UNチャーチ・センターで開催された「世界連邦運動(WFM)理事会2006」で、日本の世界連邦運動を代表して発表した。

 WFMの加盟団体は世界19カ国にある。理事会には各国から54人のWFM団体代表や協賛団体代表、 オブザーバーらが参加。私は席上、各国の運動団体が日本に続き、競って国会決議を実現するよう、強く訴えた。

 WFM本部のウィリアム・ペース専務理事も、「政府に対する政策提言も含め、日本の活動報告書には 感動した。国会決議の採択は、日本が示した世界連邦運動の規範でり、各国の運動団体が追従すべき教訓である」と絶賛し、各国に国会決議採択推進を呼びかけ、理事全員から拍手喝采を浴びた。

 理事会終了後、私はロイス・ウィルソンWFM会長代行を始め、各国の理事から称賛の言葉を頂き、 特にメキシコの代表には、「日本の報告書に感銘した」と握手を求められた。今年はWFM創立60周年記念世界大会が、スイスのジュネーブで開催される予定だ。その場でも、各国に国会決議採択を促したい。

前へ   次へ

バックナンバー

TOP