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★女性が教主だったら /ペルラ・マルティネッリ ★『Femiina』(2006年秋号)から★ エスペランティストによるフェミニズム団体 「FEM((Feminisma Esperantista Movado」が発行する季刊雑誌『Femina』の昨年秋号は、 「東洋と宗教」をテーマに編集。 その中に、ペルラ・マルティネッリ編集長(スイス)は、 「女性が教主だったら」との記事を寄せている。 ヨーロッパのフェミニズムの目に映る大本像が興味深い。
「Femina」誌2006年秋号表紙。「女性だけのための雑誌ではありません」とうたっている 女性が教主という宗教は珍しいが、大本はその一例である。 日本に生まれた宗教だから、なおさら注目に値する。 田舎の貧しい老婦人だった出口なおに"神(かみ)憑(が)かり"が起こったことが、 大本開教の発端だった。 なおの婿養子・出口王仁三郎は、19世紀末から大本という精神運動の発展に主要な役割を果たし、 1923年にはエスペラントを採用した。 リーフ・ノルデンストーム氏(牧師)は博士論文の中で 「バハイ教徒やカトリック信徒もエスペラントを支持している。 しかし、大本のように教団を挙げて熱烈にエスペラントを支持している宗教はない」と述べている。 大本教主は常に出口家の出身だが、リーフ氏は、 「大本は神道的であるが、他宗の慣習も取り入れている」と評している。 出口紅(くれない)教主は三代教主の孫であり、四代教主の姪にあたる。 四代教主の逝去に伴い、2001年4月末、5代教主となった。 日本の大学で薬学を学んだ後、東洋医学の治療院に勤務した。 芸術である茶道、能楽、生け花に才能を発揮し、料理、読書、縫い物、乗馬を愛好している。 また、これまでの教主以上に、紅教主にとってエスペラントは大切なようだ。 それは、1956年、彼女がザメンホフの生誕日と同じ12月15日に生まれたためかもしれない。 ヨーロッパで開かれた世界エスペラント大会に2回参加。 そして、第80回日本エスペラント大会の開会式では大会あいさつをしている。 彼女の下で、エスペラントは公的な式典の場でも実際に使用されるようになっている。 また、リーフ氏はこう断言している。 「私は、大本の宗際化活動を高く評価する。 その素晴らしさは、大本がさまざまな宗教を混同させるのではなく、 各宗教をそのまま生かしながら、共に協力させようとしていることにある」 やはり、女性たちに指導的役割があれば、何らかの形で宗際間対話も大切にされるのだろうか? バハイ教のように、 基本的教えの一つとして男女両性に完全に平等な権限を与えている他の宗教 (エスペラントに強く共鳴している宗教)の場合を考えてみると、そう考えてよいかもしれない。 女性解放運動は、宗教の祭儀における男女の平等権獲得の道もたどり、 そこでは女性エスペランティストたちの活躍が際立っていた。 このことは、宗教間対話の場合にも同様であった。 そうした女性たちの一人に、1928年にハーグで国際宗教会議を開催させたユリア・イスブルケル(※1887-1971)がいた。 (訳・松本公夫) ※ユリア・イスブルケル オランダ・ロッテルダム生まれ。女性平和運動家としてエスペラント、 世界連邦、宗教間対話など幅広い分野で活躍した。
記事にはオランダの著名な平和運動家ユリア・イスブルケル(故人)のイラストとともに、 出口紅人類愛善会総裁(大本教主)の写真が紹介されている。 同号の特集には、マザー・テレサの講演録「地の上に愛の王国を」ほか、 「神は男性ではない」「イエスは女性として再臨する」などの記事を掲載。 男性・女性双方が執筆・寄稿している 《訳者注記》 リーフ・ノルデンストーム スウェーデンの福音ルーテル派教会の牧師。 平成13年9月、同国ウプサラ大学の博士論文を 「大本とエスペラント--日本の新宗教と西洋での伝道」のテーマで執筆するため、大本を訪れた。 大本と女性教主 明治25年に開教した大本は、 開祖・出口なおが神示のままに記した「おふでさき」の啓示に従い、代々の教主継承者を女性と定めている。 バハイ教 19世紀半ば、イランの聖者バハーウラーが創始した。 イスラム教に根を持ちながら、全く異なる宗教に発展。 大本の人類愛善・万教同根の思想に共通する教えを奉じ、エスペラントも採用。 大正11年、大本に初めてエスペラントを紹介したのは、 バハイ教の宣教師・フィンチ女史だった。 当時すでに女性宣教師が日本を訪れていることからも、 女性の地位についても開明的であったことがうかがえる。 |
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●新風Nova Vento●
▼アル・ゴア前米副大統領と「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が、
今年のノーベル平和賞を受賞することになった。心からお祝いしたい
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