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『主張』

日本文化を世界に発信しよう

 来年は、源氏物語誕生から千年を迎える。 物語の舞台となった京都を中心に関係地区では、記念の行事がめじろ押しだという。  
源氏物語は、今日世界中で読まれ研究されているが、 日本が千年も前にすでにこれほど洗練された文学を持っていたことは特筆すべきで、 日本人として誇りに思っていい。

 歴史上、日本の文化的発展は、7世紀初頭(飛鳥時代)、 遣隋使・遣唐使を派遣して中国の文物を摂取したことに始まる。 やがて平安朝には中華秩序から離れ、平仮名に代表される 日本独自の文字を考案すると、源氏物語をはじめ、 世界的に評価される独自の日本文学を開花させた。  茶道や能楽も独自の日本文化である。

 出口直日三代総裁は「…その能衣装を拝見して、わが民族の審美眼の高いこと、 直感力の鋭いこと、そして、天才的な造形技術に、胸の高鳴る思いでした。 自国の美点を忘れて、無批判に、外国風を追うのは、嘆かわしい…」 (「こころの帖」 天声社刊)と述べている。

 フランスの文豪・アンドレ・ジッドは、 「真にインターナショナル(国際的)なものは 真にナショナル(国・民族的)なものである」 と言ったが、それはどういう意味であろうか。
 もともとインターナショナルの語源は、 ナショナルとほかのナショナルのインター(関係・つながり)を表す概念だという。 つまり、インターナショナルという概念は、 個々のナショナルがあって初めて成り立つものであり、その逆ではない。

そもそも文化とは、”日本文化”に限らず、 それぞれの地域の気候と風土の中で育まれてきた、 極めて地域的・民族的なものである。
そういう意味では”世界文化”なるものは存在しない。 世界的に広く受け入れられ、愛されている芸術作品で、 地域的・民族的なものに根源を持たないものはない。

最も普遍性を持つといわれる、楽聖・モーツアルトの作品にしても例外ではない。 彼の作品には、故郷のオーストリア・チロル地方の民謡が、数多くちりばめられている。 それは幼いころの作品にとどまらず、 晩年(といっても35歳だが)の大作「魔笛」の中にもみられるという。

「だから」と、数学者で『国家の品格』の著者藤原正彦氏は、 「言葉は伝達の手段だから、根幹に教養がなければ発信する情報の中身がない。 もし、英語を話す能力が教養だとしたら、 英国人や米国人は全員が教養人だと言うことが出来るが、 実際は10%程度だろう」と述べ、「まず国語、そして自国の文化を学ぶことが 国際人としての必須の教養だ」(要旨)と述べている。

私たちは、”文化的根無し草”にならないためにも、 このことは特に肝に銘ずるべきであろう。 つまり、何人によらず国際社会の中で名誉ある位置を占めようと思う者は、 まず自国の伝統的な文化を知り、 誇りを持って世界に発信することから始めなければならない。

 そして、自国の文化に誇りを持てる者のみが、 他国の文化とその文化を誇りとする人々を理解し、尊重することができる。 そこに初めて真の相互理解と国際交流が始まるのではないだろうか。  私たちは、誇りをもって日本の歴史と文化を世界に発信することで、 国際交流の実をあげ世界平和の実現に貢献したい。



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