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日本の伝統文化に魅せられて
「耀わんとの出会いは、驚きと感動に満ちたものでした・・・」 アメリカ人ジャーナリスト、ビル・ロバーツ氏は、 8年前に初めて日本、そして大本を訪問。 そのきっかけは、出口王仁三郎初代総裁が創作した茶碗「耀わん」との出会いだった。 以来、日本の伝統文化を深く愛するようになり、日米両国を行き来しながら、 自らも陶芸を学んでいる。 「王仁三郎師の芸術観は素晴らしく、日本の伝統芸術に触れ、私自身の魂も救われました」 と語るビル氏は、全国各地で講演している。 今年2月、姫路文学館 ・望景亭を会場に開かれた文化講演会『日本の伝統文化に魅せられて』 (主催・人類愛善会はりま協議会)から、要旨を紹介します。
私は1999(平成)11年に初めて来日しました。 それまで私は世界を広く旅し、何カ国かで暮らしましたが、 日本の美と文化は不思議な呪文のように私を捕らえ、 中でも大本を訪れるとき、このことを最も強く感じました。 私はいかなる宗教団体にも所属していませんが、私にとっては、大本こそ日本であり、 日本とは大本なのです。 大本がほかの宗教と少し違うのは、教祖・出口王仁三郎(人類愛善会初代総裁)が 「すべての宗教は同じ偉大な根源から生まれている(万教同根)」と説き、 「芸術は宗教の母なり」として「神は森羅万象を創造した偉大な芸術家である」と説いていることです。 彼にとって芸術とは、大芸術家である神をたたえることで、 人々に日本の伝統芸術の習得を勧めました。 今も、大本信徒の間では茶道、短歌、能楽、書道、武道、陶芸などが盛んです。 私が日本を訪れたのは、王仁三郎が創作した茶碗「耀わん」との出会いがきっかけでした。 私の陶芸の先生で、 年代に大本に滞在して芸術を学んだ、 コーリーン・キーベルトさんが耀わんの写真を見せてくれましたが、私は大変驚きました。 自分自身の目で耀わんを見て、その作者についてよく知りたいと思い、 コーリーン先生が企画された大本訪問団に参加しました。 初めて大本本部で見た耀わんは、一つ一つが希少な宝石のようでした。 芸術家・王仁三郎の精神がそこに込められ、私は深く感動しました。 王仁三郎は芸術の意義について、「結果としての作品よりも、それを生み出す、 あるいは習う過程が大事である」と強調し、「芸術は専門家の専有物ではなく、 万人に開かれた、自分を知り、神を知るための道である」と語っています。 キーワードは「道」だと思います。 日本では「茶の道」とか「禅の道」と言いますが、 私は「道」とは「旅の過程にあること」だと理解しています。 精神的価値の重視 芸術と宗教の結びつきは、人類の歴史と同じほど古く、日本やアジアに限ったものではありません。 しかし、西洋では、300年ほど前の産業革命の時代から、こうした視点が失われてきました。 西洋社会が物質主義的、商業主義的になればなるほど、芸術の経済的価値や美的価値、 実利的価値が賛美されるようになっていきました。 西洋にも芸術本来の精神的価値を理解する芸術家たちはいますが、 そのことを特に語る人はまれで、コーリーン先生は数少ない一人です。 「芸術は精神修養となり得るし、そうあるべきだ」と信じています。 そんな彼女の考えを支持する人は、アメリカにはほとんどいませんでしたが、大本では違いました。 彼女はかつて私に言いました。 「私は大本に滞在して得た確信から、自分の工房を聖なる場所として考え、 精神面を重視して陶芸を教えるようになりました」。 コーリーン先生の下で陶芸をし、何度も大本を訪問した結果、私も先生と同じ信念を持ちました。 プロもアマチュアも、芸術家は本来、求道者なのです。 精神修養としての芸術 には以下のいずれかの要素を含んでいると思います。 神への賛美と信仰。作品よりも創作の過程が大切で、 その瞬間瞬間がかけがいのないものだという態度。 無意識の深部に存在する、自我よりも大きい何かとつながろうとする行為。 偉ぶるのではなく、謙虚に教わり己を知ること。 芸術は万人に開かれた救いと向上の道 うつ状態からの回復 芸術には癒やしの力があります。90年に38 歳で他界した弟・マックスは、 芸術によって魂を救われた一人です。 弟はエミー賞(※注)に何度もノミネートされるほど優秀な美術家、音楽家でした。 死の2年前、弟は自分が長く生きられないことを知ってから、3つのことだけにエネルギーを傾けました。 まず、致命的な病気と共存し、その時その時を懸命に生きること。 第2に、生きる喜びと死の悲しみ、そして、自分が理解した、 生と死の霊的神秘を表現した歌を作ることでした。 弟は、来世への備えとして、自分の魂にとって大切な事柄を、創作を通して探求したのです。 このとき、私は初めて、芸術が精神に及ぼす力を理解しました。 最も重要なのは、弟が音楽の完成と演奏ができないかもしれないことを知りながら、 創作していたことです。 彼はその音楽を録音し、演奏できましたが、それがその後どう発展するのかまで知ることはできませんでした。しかし、それは問題ではなく、創作する行為自体が、彼にとっては重要だったのです。 私も、芸術によって救われ、自分自身が変わりました。 コーリーン先生の下で陶芸を始める6カ月前、私は父を脳腫瘍で亡くしました。 そのことが元で私は、中程度のうつ病にかかり、半年ほどが過ぎていました。 ある夜、私は二人の友人と話していました。彼らはすでにコーリーン先生の陶芸教室の生徒でした。 友人たちは、「コーリーン先生の陶芸教室に参加すれば、君のうつ状態も良くなるんじゃないかな」 と言ってくれました。 私は半信半疑でしたが、ひどい落ち込みから抜け出そうと、参加してみました。 すると本当に、陶芸教室が私をうつから救ってくれました。 そして、初めて陶土に触れた私は、すっかり陶芸に恋してしまいました。 ※注)エミー賞 米国テレビ芸術・科学アカデミーが主宰する、世界的に最も有名で権威あるテレビ賞。 TV界のアカデミー賞と呼ばれる。
縄文土器に感銘
陶芸をしていると、子供の頃に泥遊びした時のことを思い出しますが、 陶芸は、5つの基本的要素を含んでいます。 大地、水、空気、火、精神です。陶土は大地と水です。 窯は空気と火。 芸術家がそこに精神を込めます。私は特に抹茶茶わんを作りますが、ろくろは使いません。 王仁三郎が耀わんを作った方法に近い、手ひねりで作ります。 私は、京都国立博物館で初めて縄文式土器を見た時の驚きを、決して忘れません。 地球上で最古の1万年前の焼き物もありました。 それらは大きなつぼで、ろくろは使わず、ヒモ状の粘土からできています。 大地に穴を掘ってそこで焼いたものでしたが、そのやり方では、つぼの多くは割れたに違いありません。 はるか1万年も前、名もなき芸術家たちが、美術館の一角に展示されることなど考えもせずに 創作したことに、私は感動しました。 当時の芸術家たちの精神が今も生きる、偉大な作品でした。 私は茶碗作りを始める前にはいつも、 「自分は古代からの伝統を引き継いでいるんだ」と念じながら黙想します。 王仁三郎なら、分かってくださるでしょう。 私はこれからも時々日本に戻って参ります。そして、日本の伝統芸術を学び続けます。 なぜならそれによって私は、精神面その他において、以前に比べてより向上できたと思うからです。
(写真左)ビル・ロバーツ氏を囲んでの一席。茶席は終始、大勢の入席者でにぎわった(2月25日) (写真右)講演会に先立ち、日本の伝統文化を市民に体験してもらおうと 姫路文学館内の茶室「望景亭」に茶席を設けた。
(写真)
講演会場では大本の八雲琴も披露された。
会場の望景亭は大正時代の和風建築。
茶席、講演会には125人が来場。その半数が一般市民だった |
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