エスペラントで会話する日韓の参加者。
写真では日本人と韓国人の区別はほとんどつきません。
やはり両国民は、人種的には同じ起源を持つ、兄弟姉妹の関係といえるのでしょう。
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懇親会でエスペラントの愛善歌を合唱する、人類愛善会の会員たち。
韓国の参加者もコーラスや楽器演奏を披露して、懇親会は夜遅くまで盛り上がりました。
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韓国式の床暖房・オンドルがきいた部屋で、車座になっての自由会話授業。
先生は韓国人エスペランティストです
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17世紀から19世紀にかけて栄え、
10年ほど前に再建された儒教の私塾「南岡書院( Namkang lernejo)」の中庭で。
コンゴのエスペランティストに合わせて、
同国の民族舞踊を陽気に踊る、韓国(中央)、日本(右)の参加者
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合宿終了後の一日、釜山エスペラント会の皆さんの案内で同市を散策しました。
同市は国際的な港湾都市として発展しています。
中央は同市のPerloさん(エスぺラント名)。
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海辺に建つ竜宮寺にて。
写真下中央はOmbroさん(エスぺラント名)。
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清道市の名物は、ちょうどこの時期、年に一度開かれる「闘牛」の全国大会。
牛対牛の相撲のような感じで、牛が死ぬような残酷なことはありません。
特設の大スタジアム、周囲に軒を連ねる屋台や出店のにぎわいは圧巻でした。
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韓国でもちょうど梅が満開でした。
その香りも”韓国的”なのか、日本の梅とは少し違いますが、韓国の農村風景は日本人にもなつかしい雰囲気です。
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【中東和平プロジェクト in Kameoka】
イ・パの子供たちの交流が実現/3月25日 在イ日本大使館で
(写真下) イスラエル・パレスチナから5人ずつ、子供たちがテルアビブの
日本大使館に集まった。亀岡市から贈られたゆかたを着て、日本の
子供たちがメッセージを書いたうちわを手にして。
昨年夏の「中東和平プロジェクトin Kameoka」で来日し、亀岡市で出会うはずだった、
イスラエル・パレスチナの子供たち 人が、ほぼ半年後の3月25日、
テルアビブの在イスラエル日本大使館に集い、念願の交流会が実現した。
紛争下にあるイスラエル・パレスチナの子供たちを日本に招き、
交流してもらう市民行事「中東和平プロジェクト」は、平成 年夏に綾部市で初めて開催された。
同市は昭和 (1950)年に日本で最初に「世界連邦都市」を宣言。
この事業もその後は世界連邦宣言自治体によって引き継がれ、毎年開催されてきた。
岡山市、徳島市と続き、第4回目の昨年は亀岡市で開催される予定で、すべての準備が整っていた。
しかし、直前になってもパレスチナ(ガザ地区)からエジプトに通じる検問所の封鎖が解かれず、
子供たちの来日は不可能となった。
亀岡市はプログラムを変更。8月7日の亀岡市平和祭に合わせた市民行事として
「中東和平プロジェクト」を実施した。が、亀岡市、ホストファミリー、
中高生などから中東の子供たちに渡されるはずだった土産や記念品、友情の品々が残された。
亀岡市は現地の子供たちにそれらの品々を届けるルートや方法を探ったが、
検問所の封鎖が続くなどして、難しい状態が続いていた。
最終的には、在イスラエル日本大使館に支援を要請。
今年1月中旬、このプロジェクトのイスラエル側窓口である、
ペレス平和センターがイ・パ双方の子供たちへの物品引き渡しについての協力を受諾。
3月25日、在イ日本大使館広報文化ホールで「イスラエル・パレスチナジョイント・プログラム」が
開催されることになった。
パレスチナの子供たちは7時間半かけて会場に到着。
イスラエルの子供たちも彼らの到着を4時間半も待ったという。
対面できた時間はわずか1時間弱だったが、子供たちの願いはようやく実現。
亀岡市長からのメッセージも披露され、真心のこもる品々とともに亀岡市民の友情は、
紛争下の子供たちの元にようやく届いた。(次号に詳細掲載予定)
(写真)
イスラエル・パレスチナから5人ずつ、子供たちがテルアビブの日本大使館に集まった。
亀岡市から贈られたゆかたを着て、日本の子供たちがメッセージを書いたうちわを手にして。
(写真上)
定例記者会見で「中東プロジェクトin Kameoka」のその後の経緯と、
今年3月25日に在イスラエル日本大使館で開かれた
「イスラエル・パレスチナジョイント・プログラム」について説明する、栗山正隆亀岡市長(左)と
矢野裕巳人類愛善会国際部次長(右) (4月11日、亀岡市役所)
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