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誰にでもわかるパレスチナ問題(その22)

NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳

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絶望はおろか者の結論


 2003年7月26日午前10時15分、イスラエル、パレスチナの子供達それぞれ 7名ずつ、また双方の付き添いや関係者を含め20名は無事、関西空港へ到着。最初 の3日間は綾部に滞在。そして、そのうち2日間は綾部の一般家庭にホームステイし ました。ホームステイではそれぞれイスラエル、パレスチナの子供1名ずつ受け入れ てもらうようにしました。当初の受け入れ側の心配をよそに、後にイスラエル、パレ スチナの子供達全員がそれぞれのもっとも印象に残る事の1つにこのホームステイ体 験を真っ先にあげていました。

 29日の夜京都からバスで東京に向かい、30日早朝大本東京本部に到着。東京本部 で朝食をとった後、首相官邸で小泉純一郎首相と面談しました。首相は最初から子供 達の目をしっかり見ながら、子供達の目線で話されました。『日本も60年前アメリ カ、イギリスと戦争をしましたが、今は世界で1番の友好国になりました、けっして 希望を捨てないで』と激励されました。参加者全員のそれぞれの自己紹介にも、真剣 に耳を傾けられました。最後にいったん面談室から出られた首相は、もう一度部屋に 戻られ、『絶望はおろか者の結論、和解への希望を持ち続けて下さい』と、大きな声 で英語と日本語で話されました。子供達の感激は私達にも大きく伝わってきました。

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写真/ソンドス・スネナさんと小泉首相、そして筆者

日本で学んだ思いやりの精神


 8月1日、成田空港から帰国した直後、今回の団長であり、ペレスセンター代表ニリッ ト・モスコビッチ女史から次のようなメールがとどきました。 『イスラエルのテルアビブ空港に到着した後、いつものようにイスラエル人はほぼフ リーパスで税関を通過。パレスチナ人は長い税関検査。パレスチナの子供が検査を受 けている間イスラエルの子供達の家族はすでに迎えに来ていました。少しでも早く家 族に会いたい気持ちを抑えながら最後のパレスチナの友人が検査を終えるまで3時間。 誰1人帰る事なく、全員14名で空港出口をあとにしまでした。日本の方々には普通 のように思われるかも知れませんが、これは大変な変化でした。日本で学んだ、思い やりの精神であると思われます。』

m.e.p
写真/成田空港での別れを惜しむ子供たち

将来は日本に留学を


 また、8月の3日には、パレスチナのソンドス・スネナさんのお母さんから電話があ りました。『ソンドスは紛争で父親を失って以来、あまり笑顔を見せませんでした。 今回綾部に招いて頂き、帰国後日本での体験を楽しそうに話してくれます。将来はしっ かり勉強して是非日本に留学したいと話しています。娘が嬉しそうに話す様子を見て 母親としてこれ以上嬉しい事はありません』と涙ながらに語ってくれました。



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写真/さよならパーティーで挨拶をする谷垣禎一国家公安委員長(当時) ※このサイトに掲載されている文章、写真などの無断転載・ 無断複製を禁じます。



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