誰にでもわかるパレスチナ問題(その25)
大本、ユダヤ教の婚礼
式のあと、集まった参加者に対してデビッド・ロゼン師は自身の大本との関わりを簡
単に説明されました。また『ユダヤ教と大本の合同の婚礼は、歴史上初めての出来事
だと思います。大本の美しい祈りに立ち会えた皆様は本当に幸運ですよ』との挨拶で
締めくくられました。
NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳
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(その2)
(その3)
(その4)
(その5)
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(その65)
大本から代表を
2005年1月、大本国際部に1年間留学し、大本のよき友人である、ルース・ライ
ネル嬢から出口紅大本教主へ結婚式の招待状が届きました。非公式にメール等でも国
際部を通して教主様のイスラエルへのお出ましへの打診が何度かありました.
結局
御公務のスケジュール調整がつかず、教主様の御出席は実現しませんでした。綾部と
エルサレムの友好関係の架け橋としての彼女の現在までの功績を評価され、教主様に
は鹿子木旦夫総務(写真右:デービッド・ロゼン師と/二人が手にしているのは、ユダヤ教婚礼の
伝統にのっとった新郎から新婦への結納書:馬○頭、羊○頭、牛○頭などど書かれてある。)を大本代表としてイスラエルへ派遣される事になりました。通訳と
して、私も同行しました。
至福の時でも
2005年4月8日、ルース・ライネル新婦、リロン・シェバック新郎(写真左)の婚礼は、テ
ルアビブ郊外のライネル家で執り行われました。
ユダヤ教からは、ラビであるデービッ
ド・ロゼン師が、大本からは、鹿子木旦夫宣伝使がそれぞれ立ち会いとなり、大本、
ユダヤ教の合同司式による結婚式でした。
式はおよそ日本人には考えられない程カジュ
アルなもので、ローゼン師のお話で始まり、ジョークを交えて新郎、新婦を激励しな
がら、お話と賛美歌で式が進められていきます。
新郎の誓いの言葉、ワインによる祝福。
次に鹿子木総務が『結婚式祝詞』を綾部の方角へ向かって奏上(写真右)、
この日の為に教主様に御揮毫いただいた結納短冊の交換、オリーブの枝に結んだ短冊のお歌を鹿子木
総務が朗詠。朗詠のあとそれぞれの短冊を新郎、新婦に手渡す。(写真下)。
天津祝詞奏上後、教主様お手造りのお茶碗で一服の薄茶を新郎、新婦二人で分かち合いました。
(写真下)
そして教主様からのメッセージと祝福の言葉を披露して大本の祈りを終えました。
婚礼の式は新郎がガラスコップを足で踏み砕くことで終了します。砕かれたコップは
西暦70年ユダヤ王国崩壊とともに破壊されたエルサレム第2神殿をたとえています。
ユダヤ民族のこの屈辱をたとえ至福の時でさえ決して忘れないことの証しだと聞きま
した。
皆様は幸運ですよ!
(写真右)新婦とそのご両親
あの短冊をみて!
この6ヶ月後、2005年10月8日、ルース・ライネル女史は教主様、総長にお礼
の挨拶のため、亀岡へ参拝。結婚式で短冊を頂いた時、鹿子木総務より次のような言
葉があったエピソードを披露。
「『結婚生活はいつもいつも楽しいものではありません。
時には喧嘩をする事もあるでしょう。その時にはこの短冊を見て、お互いに一歩譲っ
て相手の立場を考えるようにしてください。その為にこの短冊は是非、家の中でよく
見える場所に掛けてください』
私達は、もうすでに喧嘩になりかけた事が数回あり
ます。その時お互いにこう言うのです。
『あの短冊をみて!』」