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誰にでもわかるパレスチナ問題(その39) 

NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳

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”建設的あいまいさ”



アルグッズ(エルサレム)大学教授 ムンサル・ダジャー二博士と筆者。
東京国学院大学で
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Constructive Ambiguity

 元米国国務長官、ヘンリー・キッシンジャー博士の造語である  ”建設的あいまいさ” とでも訳せるのでしょうか? アラブ・イス ラエル外交に従事していた頃に博士がよく使った言葉です。善か悪か、また 白黒をはっきりさせるという西洋的、一神教的概念からは逸脱した言葉 ではないでしょうか? キッシンジャー博士は中東紛争解決には欧米の尺度だけでは解決できな い事を現実の外交舞台から認識していたのでしょう。


ワサティア 

 平成18年11月29日、国学院大学での講演 http:// www.oomoto.or.jp/Japanese/jpTopics/daja-ni.html の中で、ムンサ ル・ダジャーニ博士は今後の紛争解決において、「ワサティア」をキー ワードとして提案されました。「ワサティア」とはコーランから引用さ れた表現で「正義と道の中央」という意味だそうです。つまり、日本流 の「間を取って解決する」に近い発想だと思います。
AとB が2つの違った考えで対立する時、 どちらか一方が正しいのではなく、A,Bの対立する点の真ん中を選択する、 つまりお互いの譲歩を基に解決を図るという考えです。


日本流玉虫色決着 

 「日本人は物事をはっきりと述べない。その事が国際的に大きな誤解となって 国益を損なっている。」との話はよく聞かれます。 「日本人同士ではあいまいにしても解りあえる事も、 文化や慣習の違う外国人とは、 はっきりと自分の主張を述べなければ理解されない。」等の主張は 特に国際的分野で活躍する人達からよく聞かれます。 もちろんその通りで、公の場でも出来る事と出来ない事、 自分の考えをよりはっきりと述べる事は今後の日本人にとって重要な事でしょう。 しかし、はっきりと常に自己主張する人達の中で、 100%の平和的解決がなく行き詰っている時、 日本流の玉虫色の決着が案外残された紛争解決の選択肢なのかもしれません。


コップの半分には水が入っていない

   国際的な圧力と協力のもと、昨年2006年1月、 パレスチナ総選挙が行われハマスが第1党になりました。 イスラム原理主義組織ハマスが圧勝しましたが、 ハマスは国際社会が要求する次の3つの条件を受入れませんでした。

1,イスラエルの存在を認める 
2,イスラエル占領に対する暴力の放棄 
3,これまでに締結されたイスラエルとの約束を遵守する

 国際社会注視のなか正当な選挙で選ばれたハマスであるが、 この条件の受入れを拒否。パレスチナへの日本を含む西側からの援助は停止。 イスラエル政府がパレスチナの代理で徴収している税収のパレスチナへの移転を停止。 パレスチナ経済は窮地に陥るのでした。 単純には語れませんが自分たちの存在すら認めない政権と交渉は出来ないという イスラエルの立場を私は個人的には理解できます。 民主的に選ばれた政権であってもコップにはまだ半分しか水が入っていません。


コップの半分には水が入っている

 今年2007年3月、国際社会の経済制裁解除と内部対立で治安が悪化した パレスチナの安定化をめざし、ハマスとファタファの連立内閣が発足しました。 ハマスのハニヤ首相は対イスラエル強硬派を排除し、米国とパイプをもつ人材の登用もおこないました。 ファタファのアッバス議長がイスラエル武装闘争の放棄を強調したのに対して、 ハニヤ首相は「占領に対する抵抗はパレスチナ住民の正当な権利である」と 述べイスラエル承認は避けました。

 ただ、ここで注目は首相が将来のパレスチナ国家について 1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領した西岸、ガザ地区を 領土とすると明言した事であります。 イスラエル・パレスチナ紛争史において初めて大部分のパレスチナ人が イスラム原理主義者を含めて国際的に受入れられる1967年の国境を認めたことであり、 この事は暗にイスラエルの存在を認めているのです。 コップには確実に半分もの水が入ったのです。 パレスチナ初の連立内閣はコップの半分を満たしたのです。 あとの半分を満たすには西側諸国を始めとする国際社会の努力も問われるでしょう。 これ以上のパレスチナ援助停止は、 イスラム社会の穏健派から強硬派へのさらなるパワー・シフトが起こる危機をはらんでいるからです。
冒頭のキッシンジャー博士の造語をもう一度考えてみたいと思います。


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