誰にでもわかるパレスチナ問題(その40)
”よりよい世界を目指して”
NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳
(その1)
(その2)
(その3)
(その4)
(その5)
(その6)
(その7)
(その8)
(その9)
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(その11)
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(その64)
(その65)
今月は、本年五月四日の教主生誕祭後に行われた、
サミール・ナウリ駐日ヨルダン大使による講演
「よりよい世界を目指して」の要約を紹介いたします。
皆様こんにちは。先ず始めにこのような美しいところで、
厳粛なる日に皆様にお話させていただく機会を頂き感謝申し上げます。
本日は外交官として、私の体験を皆様にお話するよう依頼されました。
大変大きなお役で、限られた短い時間でどれだけお話出来るかわかりませんが、
出来るだけ皆様を退屈させないように私のベストをつくしたいと考えています。
まず私は外交官としてのスタートは東京のヨルダン大使館でした。
もうかなり前のことです。
アジアの最も西に位置する国からアジアの最も東に位置する日本へ赴任しました。
私にとって大きな挑戦であり、大きな体験でした。
当時の我々ヨルダン人にとって日本はトランジスターラジオの国であり、
ソニー、トヨタの国に過ぎませんでした。ところが日本に赴任してみて強く感じました。
日本の美しさ、偉大な文化的遺産、そして何よりも礼儀正しく、親切で勤勉な人達に感銘しました。
私達アラブにも偉大なる文化的遺産が残されています。
日本に初めて赴任した時、強く感じ、また今でも固く信じている事ですが、
我々は日本から学ばなければならないのです。
近代的テクノロジーと産業を発展させながら同時に文化的遺産を守り、
復元させていく方法を。
日本で外交官としてのキャリアをスタートさせた後は、
フランス、オーストラリア、スペイン、ニューヨークのヨルダン政府国連代表部、
中国、そして再び日本に帰ってきました。
また、様々な外交使節団として数カ国を訪問し、国際会議にも出席しています。
振り返ってみればこれらの国での体験は私に多様な印象を与えてくれました。
スペインではスペインとアラブの文化がうまく混ざりあった豊かな文化を満喫しました。
生涯忘れられない思い出としてセビリア、グラナダ、コルドバ等が強く私の記憶に残っています。
オーストラリアは信じられないまでの自然の美しさで、神の恩恵に満ちた新しい広大な国です。
広大な砂漠と共に果てしない海、サンゴ礁、山々。
まさしく大自然そのものが、親切でゆったりした国民性を作り上げています。
中国が爆発的な経済発展を遂げるまっただ中で、中国大使に任命された事は幸運でした。
あらゆる部門の急速な発展を目のあたりにする事が出来ました。
自分の目でしっかりと確認した驚くべき発展については詳しく何冊かの本にできるほどです。
しかし、最も大きな体験はニューヨーク国連本部での仕事でした。
国連は世界機構と呼ばれていますが、まさしくその通りであると思われます。
国連の建物、組織には世界中の代表が世界の様々な問題を解決するために集まっています。
自分の国と自分が信任状を受けて派遣される国との二国間交渉では、両国における立場で物事を考える事があります。
しかし、国連での仕事は時に世界全体を1つとして考えているように感じる事があります。
世界を万華鏡を通して見つめるのです。万華鏡の位置を変えればおのずと物事を別の角度から見るようになります。
このように国連での仕事は次の二つに明白な洞察力を与えてくれます。
1.国際問題の様々な側面そして我々の世界が直面する諸問題となる多様な要因
2.世界が直面する諸問題、大量破壊兵器、グローバル化、環境問題等とその問題解決に必要な共通の
解決策
冷戦がまさしく終焉を迎えていた時、私は国連に勤務していました。
国連の役割が大きく転換する時期でした。
私達の中東での国際危機であった1991年、イラクによるクウェート侵攻時にも私はニューヨークにいました。
まさに歴史が動いた時期で外交官としての貴重な体験でした。
私は、様々な国での赴任体験から学んだ教訓を皆様と分かち合いたいと思います。
1.皆さんが外国へ行かれた時、単に自分の目を開いて美しい場所や美しい物を観賞するだけが重要ではありません。
自分の心や想像力を開く事がより重要なのです。
人々が自分たちの問題を異なった方法で対処している事に気づきます。
外国では同じ問題を自分たちとは違う方法で処理するのです。
心を開いて彼らのやり方に敬意を払うべきです。
けっして自分自身の固定観念から判断するべきではありません。
そうすればあなた自身の向上となり、あなたの学んだ事が他の人達の役に立つことになるのです。
2.私達は学校で歴史からその教訓を学び過ちを繰り返す事を避けようとします。
しかし世界の諸問題を見渡せば、私達が本当に歴史から学んでいるのか疑問に思います。
多くの時代に多くの場所で同じ間違いが繰り返され続けているからです。
3.あらゆる部門における近代科学技術の発展によって世界はいわゆる1つの村になっています。
ただ問題は本当に人々はより親密になってきたのでしょうか?
それとも我々の心は今だ閉ざされているのでしょうか?
本当に考えさせられます。
コンピューターや携帯電話を使っている人達を見ていると。
確かにこれらは私達の生活そのものを容易にしてくれました。
しかし本当に私達自身をより親密にしてくれたのでしょうか?
コーヒーショップ、レストランまた道端で携帯電話に釘付けになっている若者をよく見かけます。
まるで携帯電話のほうが直接の対話より話し易いかのように私には思われます。
このような新しい手段の魅力を感じながら私達は同じテーブルに座っているのですが
実際にはコミニケーションは取れていないのです。
手を取り合いながらも心は、かけ離れていて、感情のネい抱擁をしているのです。
私は希望を失っているのでしょうか?
そうではありません。希望があるから世界は進歩するのです。
希望を持つ事でより良い世界への夢を追いかけるのです。そしてその夢を成就する為に努力するのです。
国連を始め多くの国際機関は人間で構成されています。
私達人類が一致団結してすべての人にとって繁栄と安全が保障されるより
良い世界を作り上げる道を探らなければなりません。
私達アラブには1つのことわざがあります。
「たとえ小さくとも希望の舞台がなければ人生はあまりにも空しいものである」
ありがとうございました。
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