誰にでもわかるパレスチナ問題(その42)
”亀岡平和祈念式典へのメッセージ”
サタウィー平和センター所長,エルサレム大学教授
イスラエルからのメッセージ
「私達が、このペレスセンターで行おうとしている事は、
人は自分の将来を決める事ができるということです。
そしてその瞬間を私達は傍観して待つ必要はありません。
私達のような一般人が、一般の企業がそしてNGOが世界を変える事ができるのです。」
シモン・ペレス
ペレス平和センター所長 ロン、プンダック博士
NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳
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昨年夏に開催予定であった亀岡プロジェクト準備のため、
私は同年春、栗山亀岡市長の指示を受けイスラエルへ出向しました。
その指示の1つが、8月7日は亀岡市民にとって、
平和を考える上で重要な日である事をしっかりと現地で説明することでありました。
その事を認識したペレスセンターはこの8月7日に合わせて
イスラエル、パレスチナの代表を亀岡に送る事に同意しました。
本年2007年8月7日、第56回亀岡平和祭平和記念式典に、
そのペレスセンター所長、ロン・プンダック博士からメッセージが届きました。
また同じようにサタウィーセンター所長、ムンサル・ダジャーニ博士からも
メッセージが届きました。
ダジャーニ博士は昨年秋に初来日、11月29日には国学院大学で講演されました。
http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpTopics/daja-ni.html
その時、短い時間でしたが亀岡市からの代表者とも面談し、
亀岡の取り組みへの理解を深められました。
イスラエル・パレスチナ双方の平和センターからのメッセージは
亀岡市の地道な平和活動を高く評価したものと思われます。
双方のメッセージを紹介します。
パレスチナからのメッセージ
親愛なる亀岡市民の皆様、1神教の文明揺籃の地、平和の町エルサレムよりご挨拶申し上げます。
現実のエルサレムは平和ではなく戦いに支配されていて、
2つの民族が同じ土地の権利を主張しています。
和解と共存を探るのでもなく、また協力して土地を分かち合う事を学ぶのでもなく、
両民族の土地をめぐる争いは続いています。
私達は善良なる日本の方々や日本政府が第3者として
イスラエル・パレスチナの間に入って下さる事を望んでいます。
非暴力で平和的政策を次のステップとして模範を示して頂きたいと思っています。
発展、平和、共存が許され、戦争、報復、破壊が止むことを願っています。
イスラエルの占領がパレスチナの若者に与える影響は小さくはありません。
子供時代の楽しい思い出が奪われ、心理的なトラウマが残っています。
イスラエル兵によるパレスチナ人学生への嫌がらせが検問所で続いています。
村全体、町全体が集団で苦痛を経験することもあります。
それは、夜間外出禁止令であり、家屋の破壊であり、
恣意的、任意的なパレスチナ人の逮捕などです。
昨年私は、短い日本滞在の中で、多くのことを学びました。
そのなかでも最も印象深く感じたのは他人に敬意を払う事です。
パレスチナ人同士が戦いを始めるという
暗黒の時代において我々パレスチナ人は日本人の文化である他人を思いやる
精神を学ばなければなりません。
人は泣きながら生まれその時世界は喜びの声をあげます。
人がこの世に別れを告げる時世界は涙し、
自分は喜びの声をあげるような人生を送りたいものです。(インドのことわざ)
亀岡市がこれからもますます繁栄し、
平和と調和が次の世代に受け継がれます事をお祈りいたします。
ムンサル・ダジャーニ博士
テルアビブのペレス平和センターは
このシモン・ペレスの言葉を日常業務の目的として活動しています。
パレスチナ・イスラエル間の正しい持続可能な平和はパートナーシップ、
対話、協調、そして互いに向き合っての触れ合い以外に方法はないと信じています。
ペレス平和センターの平和構築活動は様々な分野における共通の利益を通して
パレスチナ・イスラエル双方を結びつけています。
ビジネス、IT、医学、スポーツ、芸術等の分野において、
これらの活動によって双方の真の関係を築くことに
寄与するだけでなく双方の社会経済的発展、
教育機会の拡大、インフラ能力の充実にも役立っています。
若者の代表を日本へ送るという異文化交流に関してペレスセンターは
ここ数年日本の様々な自治体とプロジェクトを推進してきました。
イスラエルとパレスチナの代表を平和構築活動の一貫として
異文化プログラムに参加するプロジェクトです。
もっとも最近のプロジェクトは亀岡市の要請をうけて
ペレスセンターが2006年の夏にイスラエルとパレスチナの若者を日本に送るという計画でした。
残念ながらこの地域の政治的不安定さによりヒズボラ・イスラエル戦争が勃発し、
若者を日本に送る事ができませんでした。
しかしながら本年2007年3月25日、
テルアビブの日本大使館において素晴らしい平和構築活動が開催されました。
亀岡に到着すべき若者が集まる事ができたのでした。
日本への旅を楽しみにしていたイスラエル・パレスチナの若者はそれぞれ、
スデロット、ガザの高校生で、お互いほとんど交わしたことのない対話、
交流の機会が与えられました。若者は日本文化に焦点を合わせた一日を楽しみました。
日本の若者、日本の服装、日本食について体験する事ができました。
日本大使館での集まりは彼らの置かれた戦いと暴力にまみれた
状況を考えてみれば身を切るような試みでした。共に自分たちの苦悩と苦しみを話し合い、
お互い慰め合って理解しようとしました。
世界中のメディアで映し出されるこの地域のイメージは暴力、岺�A流血です。
しかし長らくイスラエル、パレスチナの平和構築の分野で仕事をしてきた者として、
それとは違った面も存在する事をお話しなければなりません。
敵同士と考えられている2つの民族間に、
小さいけれど平和で暖かな友情を目のあたりにして、毎朝目覚める喜びを感じます。
サッカーでゴールを決めて喜びながら抱き合っている
イスラエル、パレスチナの子供達を見ました。
イスラエルの医師がパレスチナの赤ん坊の命を救おうとしている姿を見た事もあります。
イスラエル・パレスチナの平和的関係、共存の価値についての合同演劇を観た事があります。
そしてより重要な事は両サイドからお互いに隣人として平和に共存しようとする
確固たる呼びかけを聞くことです。
ペレスセンターはイスラエルとパレスチナの平和的関係は可能であると考えています。
その平和への道は人と人との活動でなければなりません。
共通の利益を通してイスラエル、パレスチナを結びつける、
目に見えるプロジェクトが重要なのです。
日本の協力を得て、私達はこれらの具体的な活動ができると思っています。
今後とも亀岡市との深いつながりの中で目的に向かって邁進したいと考えています。

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