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誰にでもわかるパレスチナ問題(その55) 

NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳


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”イスラエルとパレスチナ?”





”犠牲者数の発表”

 2008年12月27日、イスラエル空軍がガザ地区全土に大規模な空爆を開始しました。 2009年1月3日には地上戦に突入。戦闘開始から3週間経った1月17日、イスラエルは一方的な「停戦宣言」を出し、部隊を引き上げ始めました。その直後ハマスも攻撃を停止。この戦闘においてパレスチナ人側では1300人以上が死亡、殺害され、その3分の1は未成年者だったとの事です。
 ただ、イスラエル軍の発表では、パレスチナ自治区ガザ攻撃(2008年12月27日~2009年1月18日)での死者数は1166名で、そのうち709人ははイスラム原理主義ハマスなどの武装勢力メンバー。一般市民の犠牲者は295人です。
 ガザ人権団体は死者数1417人、そのうち926人が一般市民であると発表としており、その数は大きく違っています。




”イスラエルとパレスチナ?の紛争”

photo  現在のパレスチナ自治区はヨルダン川西岸(ただし実際には西岸の半分以上が入植地を 含めたイスラエルの支配下)とガザ地区に分かれています。つまりパレスチナ政府(暫定自治)は地理的に離れた2つの地域から構成されています。
 ヨルダン川西岸に200万人、ガザ地区に150万人のパレスチナ人が暮らしています。この2つの地域に東エルサレム(実質はイスラエルが支配)を加えて、3区分けと考えてもいいかもしれません。

 ヨルダン川西岸はファタハ、ガザ地区はハマスが支配しています。一般的にファタハは対イスラエル穏健派、ハマスは対イスラエル強行派と表現されています。今回のイスラエルのガザ攻撃はガザを実効支配するハマスに対する攻撃であり、ヨルダン川西岸を支配するファタハに対する攻撃ではありませんでした。多くの平和団体や宗教組織が今回の紛争に対して、イスラエル、パレスチナ双方に自制を望むとアピールしていた事に違和感を感じなければなりません。

 駐日パレスチナ総代表部代表のワリード・シアム氏はイスラエルの非人道的ガザ攻撃を非難すると同時にハマスのイスラエル国内へのロケット攻撃停止を強く望むとのコメントをマスコミに公表していました。その意味で、今回の紛争をイスラエル対パレスチナと表現するのは正確ではありません。一般民衆の気持ちは別にして、また罪なき同胞が被害を被る事への怒りは当然ですが、ファタハ指導部の内心はイスラエルがハマスに打撃を与える事には決して反対ではないはずです。



”どちらがパレスチナの代表? ファタハ or ハマス”

 2006年、1月25日、パレスチナ評議会総選挙は、米国の強い圧力によって実現しました。 ブッシュ大統領の「中東における民主化実現こそが世界平和のカギ」との強い信念によるものでした。ジミー・カーター前アメリカ大統領をトップにした、国際監視団のもと、極めて民主的な選挙が行われました。

  結果は選挙直前の予想に反して、132議席中73議席をハマスが獲得、長年パレスチナをリードしてきた主流ファタハは43議席という結果でした。世界中がこの結果に驚くなかで、もっとも驚いたのはハマス自身だったのかもしれません。公平な選挙で民衆から選ばれたハマスがパレスチナの代表である事を否定することは、できなくなったわけです。

 ハマスの勝利は、長年、世界各国からの援助金で私腹を肥やしてきたパレスチナ自治政府、ファタハへ対する怒りからきたと思われます。ハマスは対イスラエル自爆テロを実行する一方で、社会福祉や貧民救済に力をいれてきた実績が大きな勝利を導いたのでしょう。



”ハマスを認めない”

 選挙で勝利した後もハマスは、対イスラエル強行路線を続けました。イスラエルの存在を認めず、これまでイスラエルがパレスチナと築いた平和プロセスを否定。暴力によるパレスチナの解放を主張しています。これにも色々な考えがあり、イスラエル、アメリカがそのようにしむけていると主張する人たちもいます。

 しかし現実に日本を含む欧米各国の多くは、パレスチナ援助を打ち切ります。その後、ハマスとファタハの内紛が武力衝突を引き起こし、現在ガザはハマスが、西岸はファタハが支配しています。国際社会が注視するなか、行われた民主的選挙で勝利したにも関わらず、世界は選挙で敗れたファタハを支持し援助しています。

 イスラエルを含む国際社会は西岸地区のパレスチナを正当政府として承認し、ガザ地区のパレスチナはイランやシリア、スーダンといった反米国家のみが承認しているのが現状です。

 次回は2008年12月27日から22日間におよぶイスラエルのガザ攻撃の意図を探りたいと思います。また戦闘後のガザを取り巻く状況を2009年2月10日に行われた、イスラエル総選挙結果とも関連して考えてみたいと思います。




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