誰にでもわかるパレスチナ問題(その64)
”安息日を通してユダヤ教、キリスト教、イスラム教を考える”
”安息日の操業”
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のなかで、もっとも厳格に安息日を守るのはユダヤ教です。金曜の日没から土曜の日没まで一切の労働を禁止しています。料理や車の運転等は厳禁です。戒律の厳しい地区では外国人でも運転中に石を投げつけられる事はよくあるそうです。 イスラエルのホテルには通常のエレベーターに加えて、ボタンを押さずに動く各階止
まりのシャバット(安息日)用エレベーターがあります。そう、ボタンを押す事は労働なのです。私自身が体験したエピソードを2つ。
NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳
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(その65)
”ご迷惑をおかけします?”
「明日から3日間ご迷惑をおかけします。」「しばらく勝手いたします。」
翌日から休暇を取る前日の事務所の挨拶風景です。また電話での「誰々は今日お休みを頂いています。」という対応。
本心からそう思っているかどうかは別にして、いかにも日本的な会話です。これらの表現を外国語で直訳は出来ないだろうと考えてしまう私は、長年の英語教師の経験や、通訳、翻訳業務に関わってきた一種の職業病かもしれません。欧米の感覚では、休暇を取るのは当然の権利で、欧州ではひと月のヴァカンスは普通です。米国でも2週間程度の休暇を取るのは普通の事です。
数年前、私は高校の同窓会に初めて参加しました。人事管理を担当している1人が、「最近の若い連中は休む事を当然のように思っている。これからの日本が心配だ。」と 発言。それに多くの参加者が同調していました。私は彼らとは意見を異にしていましたし、そもそも「最近の若い連中」との言葉に違和感がありましたが、それぞれ管理職として苦労しているのだろうと静かに聞いていました。
事実、現在の若い人達の休暇に対する考えは西洋化しているのかもしれません。すべて西洋の真似をする事はないのですが、仕事からある一定の期間離れて、仕事以外の事に没頭する事は必要だと思います。現在のような不況下においては、そんな悠長な事は言ってられないでしょうが、休暇を当然の権利として考える事は人間生活にとって、社会全体にとって、本来あるべき姿だと思います。
”働かなくてもよいのではなく、働いてはいけない !”
旧約聖書では、神は6日間で世界を造られ、7日目に休まれました。安息日(あんそくにち、あんそくび)は働かなくてもよいのではなく、働いてはいけない日です。権利ではなく義務なのです。
イスラム教は金曜日、ユダヤ教は土曜日、キリスト教は日曜日が安息日(休日)となります。週休2日の場合、イスラム教は木・金、ユダヤ教は金・土、キリスト教は土・日がそれぞれ休日となります。
イスラム教の考えは当初ムハンマドの故郷メッカでは受け入れられず、多くの迫害を受けます。その為、一時的にメッカを離れて布教する事になります。これをヒジュラと呼んでいます。アラビア語でヒジュラは「移住」を意味し、新しい関係を築くというニュアンスがあるそうです。その為イスラム教ではムハンマドがメッカを脱出した金曜日を安息日としています。毎金曜日には厳粛な集団礼拝がそれぞれのモスクで行われます。
この金曜日の礼拝前に、その地域のイマーム(指導者)が説教を行います。キリスト教も初期の頃は、土曜日を安息日にしていましたが、後にキリストの復活を記念して日曜日に変更しています。通常キリスト教の安息日は日曜と説明されますが、いまでも、多くのキリスト教宗派では聖書に書かれているように土曜日を安息日としています。
2009年11月14日、半導体世界最大手インテルのエルサレム工場に、ユダヤ教超正統派2,500名がデモに押し掛けました。デモ参加者は「シャバット(安息日)」「シャバット(安息日)」と叫び、土曜日(安息日)の工場封鎖を要求。工場が、ユダヤ教の安息日を守らず操業している事に対する大抗議行動だったのです。
”各階停車のエレベーター”
1993年、京都府綾部市で世界宗教者会議が開催されました。私はユダヤ教代表のシュロモ・ゴレン師(イスラエル主席ラビ)の担当として大阪空港でお迎えし、京都市内のホテルに案内しました。その日は安息日でした。私はラビに代わってスイッチを押すのに大変忙しかった事を覚えています。
2005年4月、私はテルアビブのホテルに宿泊していました。金曜の深夜12時前にホテルに戻り、エレベーターに乗ろうとした時、2人の米国人女性が話しかけてきました。「あなたがユダヤ教徒でなければ、エレベーターのスイッチを押してくれないか。」と 。
エルサレムと違って世俗化の進んだテルアビブのホテルでは、安息日用のエレベーターが動いていない事が多いと彼女たちは嘆いていました。もし私に出会わなかったら、彼女達は朝まで誰かを待っていたでしょう。
何が労働であるかは、ユダヤ教のラビが頻繁に会議を開き、旧約聖書から解釈していきます。2009年10月26日付AP通信(共同通信)は、安息日用エレベーターも禁止する新たな法が発令されたと報じています。
エルサレムの高層階に住む、超正統派の夫婦が、安息日に、よちよち歩きの子供や生まれて間もない子供5人を抱えて階段をゆっくりと登っている姿が書かれています。イスラエル内だけでなく、海外に住む超正統派のユダヤ人に影響を与えると伝えています。多くのユダヤ人が暮らすニューヨークの不動産業者の1人は安息日エレベーターを今すぐ考え直す事はないであろうと報じています。
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