誰にでもわかるパレスチナ問題(その65)
”聖地を通してユダヤ教、キリスト教、イスラム教を考える”
”キリスト教の聖地”
イエスが教えを述べ、処刑され、埋葬され、そして復活したエルサレムはキリスト教の信仰と深い関係がありキリスト教第一の聖地です。ローマ市内にある世界でもっとも小さい国、バチカン市国がキリスト教第2の聖地と考えられています。 最後の預言者ムハンマドの生誕地であり,イスラム初期の活動舞台である、メッカがイスラム第一の聖地です。メッカには神の館であるカーバ神殿があります。カーバ神殿を最初に建立したのはアダムであるとの言い伝えが残っているそうです。 同じ宗教でも宗派によって聖地の考え方も大きく違う事がありますが、3つの一神教の聖地をどの宗派にも受け入れられる形で表せば、ユダヤ教、キリスト教はエルサレム。イスラム教はメッカ、メディナ、エルサレム。 つまり、エルサレムは3つの宗教のすべてにとって聖地となっているのです。しかもその聖地は四方1キロ弱の狭い旧市内にあります。
NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
主任研究員 矢野裕巳
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”聖地とは”
聖地とは、神聖な土地。神・仏・聖人・などに関係ある土地(広辞苑)また、特定の宗教、信仰にとっての本山、本拠地、拠点となる寺院、教会、神社のあるところ、またはその宗教の開祖、創始者にまつわる重要なところ、あるいは奇跡や霊的な出来事の舞台となったところ。そこに参拝する事は信者にとって特別なことであり、それへの巡拝は信仰生活にとって特別な意味を持っている。(ウィキペディア)
”ユダヤ教の聖地”
ユダヤ教徒にとって旧約聖書に登場するカンナの地つまりパレスチナ地方、現在のイスラエルとパレスチナ自治区を含めた土地が聖地と言えるでしょう。エルサレム、ヘブロン、ティベリア、ツアット等聖書にも記述がありユダヤ教徒にとって聖なる地はこの地域に存在します。
とりわけ、古代ユダ王国の首都であり神殿が置かれていた、エルサレムはユダヤ教徒にとっての聖地です。紀元70年ローマ帝国によって第2神殿が破壊され、その外壁の一部が西の壁として残されており、ここは嘆きの壁ともよばれています。この嘆きの壁はユダヤ人にとって最も神聖な聖地といえます。神聖なる神殿喪失を嘆き再建を祈場所として常に多くのユダヤ教徒の祈りが聞こえる聖なる地なのです。
バチカンはカトリック教会の総本山でローマ教皇によって統治されています。ヴァチカンがカトリック教会の中心地になったのは12使徒(イエスの弟子達の中で、特に選ばれた12人)の1人であるペトロが殉死しこのバチカンの丘に葬られたという伝承に由来します。
4世紀の前半、キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝がサン・ピエトロ大聖堂を建立。ペトロは初代ローマ法王とされました。ちなみに、バチカン市国の総面積(0.44?)は東京ディズニーランド(0.52?)より小さいのです。スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラがキリスト教第3の聖地に数えられています。12使徒の1人ヤコブがエルサレムで殉教後ガリシア州(スペイン北西部に位置し、州都はサンティアゴ・デ・コンポステーラ)で埋葬されたという伝承が残っていました。
813年、サンティアゴ・デ・コンポステーラで天使のお告げによってヤコブの墓が発見されたと考えられています。そしてその墓の上に大聖堂が建てられ、一年を通じて多くの巡礼者を集めています。キリスト教は様々な宗派に分かれた世界宗教であり、それぞれの宗派によって聖地の考え方も違っています。たとえばコンスタンチノーブルなども(現在のトルコイスタンブール)正教会のキリスト教徒にとっては歴史的に見ても重要な聖地です。
”イスラム教の聖地”
しかしノアの洪水で破壊され、アブラハムとその子イシマイルが再建したと言われています。全世界のイスラム教徒がこのメッカに向かって一日5度の祈りを捧げているのです。
前回も触れましたが、ムハンマッドがメッカでの迫害を逃れて移り住んだ(ヒジャラ)メディナはイスラム教第2の聖地です。そしてエルサレム。イスラム教徒にとってエルサレムはムハンマドが聖天した地であり、イスラム教第3の聖地です。コーランによれば、ムハンマッドがメッカのカーバ神殿からエルサレムの神殿の丘に天使ガブリエルに連れられ一夜で旅をしました。そして、エルサレムの神殿の岩から天馬に乗って昇天したといわれている。ムハンマドが昇天した場所には後のウマイヤ朝の時代に岩のドームが築かれました。
”ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地エルサレム”
かつてユダヤ教の神殿が建てられていた場所にのこる1枚の西壁(嘆きの壁)その目と鼻の先、200メートル程離れたところにあり岩のドームとアル・アクサ・モスクはイスラム教の聖地。そのすぐそばには、キリスト教徒にとってもっとも神聖な聖墳墓教会があります。パレスチナ紛争の根本原因が宗教対立でないとしても、ほとんど隣り合い肩を並べて存在する聖地をもつ世界3大一神教の相互理解。紛争解決への1つの鍵を握っている事は確かだと思います。
いい意味でも悪い意味でも、日本人の持つ多神教的寛容さはアブラハムの一神教とは根本的に違っています。子供が生まれると神社に参拝し、亡くなれば、お寺でお葬式をだし、結婚式は教会で。そのような国民と同じように宗教を語る事は困難でしょう。お互いの聖地を敬い、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が、自分たちの宗教と同じように他の宗教への敬意をもって接する事ができれば、そしてその事をこのエルサレムで実践できれば、単にシンボルとしての世界平和ではなく、現実の世界平和への大きなステップになるのではと私は考えます。
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