誰にでもわかるチベット問題(その4)
大本とチベット
今回は現在の大本とチベットの関わりを私の知る限りにおいて簡単にまとめてみました。
リンポチェ(チベット仏教僧)の来苑
(写真)1979年6月23日、インド北部のダラムサラにて
(写真)1980年11月8日、万祥殿で玉串捧奠されるダライラマ14世
第1回チベット問題勉強会
中沢新一教授来苑
ラクパツァコ代表の2度の来苑と第2回チベット問題勉強会
2008年6月29日、ダライラマ法王日本代表部事務所のラクパ・ツォコ代表が亀岡の大本本部を訪問。出口紅教主、出口京太郎相談役とそれぞれ面談されました。
第3回チベット問題勉強会
北海道歌祭りに献歌し、参加したチベット青年のテンジン・トップジョルさんを講師として2008年12月24日勉強会を開催。自分はチベット人でありながらインドで生まれ、 チベットには行った事がない現実から話を始め、祖父母から聞いたことを織り交ぜながら、話をされました。
25日には綾部の祭典に参拝し、直会の場で挨拶されました。 次回は霊界物語の中でのチベットに関する記述を紹介してこのシリーズを締めくくりたいと思います。
人類愛善会チベット問題勉強会
世話人 矢野裕巳
(その1)
(その2)
(その3)
(その4)
(その5)

1975年、トモゲシ・リンポチエ、1977年カルサン・リンポチェ、1978年ニチャン・ リンポチェがそれぞれ大本本部へ来苑されました。
1979年6月23日、出口京太郎総長(当時)、田中雅道国際部長はチベット亡命政府のあるインド、ダラムサラを訪問、ダライラマ14世に接見しました。
(愛善苑昭和54年8月号参照)
1980年11月8日、今度はダライラマ14世が亀岡天恩郷へ来苑されました。万祥殿での参拝報告祭では玉串奉鄭され、その後、約30分間の講話をされました。
講話の最後を次の ような言葉で締めくくられました。
「一つの世界を目指していくにあたり大切な事は、まず人間とは何かを知る必要性と互いに人間性を尊重し、世界は1つの家族という認識、すなわち運命共同体という意識を持つ事である」
(愛善苑昭和54年12月号参照)
そのときの写真は今も万祥殿入り口にかけられています。

2008年夏に中国で開催のオリンピックを前にチベット問題が大きく取り上げられました。人類愛善会でもチベット勉強会(座長鹿子木旦夫)を立ち上げ、何が問題なのかを 基礎から学ぶ取り組みが始まりました。
第1回の会合は2008年6月18日に開催され、田中国際部長が29年前のダラムサラ訪問について講話。
30名の参加者でした。
6日には天恩郷月次祭に参拝。祭典後に宗教学者としての自身の体験を話されました。中沢氏は現在多摩美術大学教授、多摩美術大学芸術人類学研究所所長として様々な分野で活躍されています。
多くの著作を著し、マスコミにも頻繁に登場されていますが、チベット問題については、オリンピックが終わっても、チベットの事は忘れず、理不尽には声をあげなければならないと力説されています。
(写真)2008年7月の天恩郷月次祭後に挨拶される中沢新一氏
北海道芦別歌祭りにチベット語で献歌
(まつごころ2008年9月号参照)
http://web.mac.com/jinruiaizenkai2/iWeb/Site/Blog/59D420CF-459F-4131-843D-29263920693F.html
http://web.mac.com/jinruiaizenkai2/iWeb/Site/Blog/850A7397-782B-41A7-B6BB-7844B490117D.html
参加者は48名でした。翌日の天恩郷月次祭に参拝。祭典後今日のチベットの置かれている立場を中心に日本への期待を述べられました。
http://web.mac.com/jinruiaizenkai2/iWeb/Site/Blog/826D73C2-87C6-403A-9A9F-6D334C956156.html
http://web.mac.com/jinruiaizenkai2/iWeb/Site/Blog/98F02E61-15A0-4610-A499-F061F7D2F195.html
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