『素顔の大本』ビル・ロバーツ著
/日本語訳 矢野 裕巳
はじめに
序文
プロローグ
プロローグ2
チャプター1-1
チャプター1-2
チャプター2-1
チャプター2-2
チャプター2-3
チャプター2-4
チャプター2-5
チャプター2-6
第2章 神秘なるものの中での感謝
神道はその根源において説教ではなく畏敬の念に基づく宗教である。その感情は言葉で表される場合もあれば、言葉に出来ない事もあります。
いずれの場合も言葉を超えたものである。---ジョゼフ・ キャンベル
古代の2弦琴でかき鳴らされる短調の調べ漂う八雲琴が月次祭の始まりの合図です。繰り返されるメロディは別世界のもので、
私が青年時代に経験したメソジストの行列賛歌で始まるオルガンの調べとは2000年間交わりのなかった世界です。
大本信者は各家のご神前で1日2回お祈りをしますが、週ごとのミサやメソジストにみられる説教は存在しません。
大本では月次祭と呼ばれる毎月の祭典があります。祭典は八雲琴に合わせて祭員が入場する事から始まり、約1時間後、祭員退場となります。
月次祭に代表される大本の祭典は詩歌、祈り、色彩、音楽、そして神話に基づく振り付けで古代のイメージを呼び起こし深い感謝と畏敬の念を表現します。
月次祭は大本とその根源の理解を始めるには最適です。
1999年大本への訪問2日後、大本祭典を初めて自分の目で体験しました。時差ボケとスリッパのことで疲れ切っていましたが、
月次祭は私に大きな印象を与えました。お琴が始まるや否や太古の昔へ戻ったような感じでした。私は本能的に反応して、私の目や耳は視覚的、
聴覚的最高のごちそうになりました。その時は祭典の意義についてはただ想像するだけで、次の祭典が待ち切れませんでした。
月次祭には教主様が臨席されます。十数名の男性の祭官、斎主はまっ白な絹の祭典服でその他の祭官は薄青色の袴とよばれる
(ズボンのようなスカート)服装で登場します。祭官は烏帽子と呼ばれるものを被っています。烏帽子は高くとがった黒いヘルメットでキツツキの
とさかのように見えます。その服装や烏帽子は伝統的神道の祭服です。
祭典は修祓、献饌、感謝の祝詞があり、斎主の祝詞の後、出口紅教主先達で参拝者全員の祝詞へと続きます。
紅教主は豊かなアルトの声をしており、神殿全体がオペラ的なエネルギーに満ちてきます。
教主先達の神言は、日本の国家成立以前から存在しその言霊は聖なる力を呼び起こすと信じられています。
参拝者の中には祝詞の本を見ないで覚えている人もいますし、祝詞を見ながらお祈りする人もいます。
その祝詞は言葉の意味がわからなくてもうっとりとしてきます。
祭典のハイライトの1つは献饌と呼ばれ、出口なおをお使いになった艮の金神と全ての神様に自然の恵みを捧げる事です。
八雲琴を合図に祭員は起居の姿勢を取り、列を組みます。それは消火時のバケツリレーの準備のように見えます。ご神前の横の神饌室から、
祭壇のある場所まで。祭員の動きは流動的ですが、まったく自由に動いているようにも見えます。とがったヘルメットとゆったり垂れた羽のような服装で、
鳥の群れのようです。
それが突然完全に秩序をとりもどし、きっちりと列が整えられていきます。次の数分間祭員はおよそ12の檜でできた三方を手渡しで次の祭員に渡していきます。
神饌室から祭壇まで、時間を合わせた揺れるような動きはまるで優雅なメヌエット(17世紀フランスで始まった3拍子のゆるやかで優雅なダンス)を
見ているような感覚です。
最初の三方にはお米が盛られています。お米は3000年にわたる日本の農業の中心です。それからお餅、酒、豆、魚、海藻、そして旬の野菜、果物。
これらは祭典前に、生きた彫刻の専門家ともいえる大本信徒により、芸術的に美しく盛りつけられます。
祭典の2つ目のハイライトは松の枝の供え物で、玉串奉奠とよばれています。
松は大本にとって非常に重要なものです。教典の中にもたびたび出てきますが力、忍耐、長寿を表します。教主が最初に玉串奉奠をおこない、
次に斎主です。斎主には出口家の人がつとめる事がよくあります。次にそれぞれの代表が玉串奉奠をします。松の枝を神殿の前で受け取り、
ゆっくりと祭壇に近づきお辞儀をします。祭壇のところで、2度お辞儀をして、松を祭壇に置きます。
それからもう1度深いお辞儀をして4回拍手をします。両手で4拍手なので、8回となります。大本では8は「満ち足り」「無限、末広がり」の意味があるとも
聞きました。玉串奉奠を終えると後へさがり、お辞儀をします。来賓客もしばしば玉串奉奠をします。未信徒で作法の解らない人がいてもそんなに厳しい目で
見られる事はありません。
私自身も何度も経験させて頂ました。
献饌も玉串奉奠も八雲琴の演奏に合わせて行われます。八雲琴奏者は普通8人前後からなる女性で、白と赤の服装の演奏者と、
白と紫の服装のより熟練された演奏者がいます。その名にふさわしい演奏者の長は、白と紫の服装で、古代楽器を奏でる演奏者の後列に位置します。
八雲琴はチター(30ー40本の弦を持ち、水平にして弾く弦楽器)のような音を響かせ2本の弦をもつ長方形の箱 のようなものです。
献饌のあいだ、琴の演奏に合わせて歌も歌います。玉串奉奠中は歌はありませんが曲はエネルギッシュなものです。
長がリフを弾く替手で、その他の演奏者は斉奏します。ちょとしたバンジョーのデュエットのようです。大本以外では八雲琴はそんなに頻繁に目に
することはなく博物館で見るぐらいだと思われます。
より新しい13弦の琴はもっと一般的です。私は1度13弦琴がジャズとうまく絡み合って演奏されているのをテレビでみました。
祭典の後スピーチが続きます。出口紅教主のご挨拶もあります。スピーチの後は奉納行事があり、殿内で仕舞や八雲琴演奏、
青少年部の演劇、霊界物語の役割拝読等があります。最後にきちんと並んで殿内で質素な昼食を皆で頂きます。
すでに2時間は座り続けている畳の上で直会をします。そしてお茶席へ入席します。このお茶はそんなにフォーマルなものではありません。
苑内でお茶席が準備される事もよくあります。
献饌でお供えされた食物は祭典の後参拝者に配られます。直会時にお神酒、餅が出されます。地方の神の家の祭典後には野菜、魚が出される事もあります。
ある地方の月次祭後、私は鯛の頭を頂いた事があります。その鯛は少なくとも30センチメートルの長さがあり、月次祭当日、
早朝に獲られたもので、えらと尻尾をヒモで結び、献饌の際に祭壇に供えられていました。お供えの後料理され直会に出され、
最も美味なところを来賓である私に出して下さいました。
鯛は赤みがかった色調で、黄色っぽい目の輝きを持ち、にっこりとした最後の微笑みをあらわにして鋭い歯を見せていました。
このような名誉な鯛は、疑いもなく今までに存在したことがないでしょう。
月の第1日曜日に、亀岡(大本の行政管理の本部)天恩郷月次祭が、綾部(大本祭務の本部)梅松苑月次祭がそれぞれおこなわれます。
険しい丹波の山深い人口4万人弱の綾部市は、亀岡から北西60キロメートルのところにあります。
教主様は神聖な方ですが、魔術師ではないので両聖地の月次祭に同時にご臨席される事はできません。教主様は隔月で亀岡、綾部に参拝されます。
(年4回の大祭月には両聖地の月次祭は執行されません。)
亀岡 (京都、大阪の超巨大都市の端にあり、人口およそ10万人)の月次祭には通常400人の
参拝者があります。万祥殿(永遠の繁栄あるいは幸運の永遠性)が亀岡の神殿です。
私はかつて100人以下の参拝者の綾部長生殿(不朽のホール)の
月次祭に参拝した事があります。大本で最も素晴らしい神殿で建築学上の傑作であり内部に広がりをもつ長生殿が少数の参拝者を飲み込む時はまるで、
サーカスのテントが偵察者を飲み込んでしまうようです。大祭時、長生殿は一杯になります。

それぞれの地方の神の家では月に1度、月次祭が執り行われます。私の地方取材はその地方の月次祭に合わせて行いました。
祭員も本部の月次祭に比べて少なく、神殿も小さいものです。また月次祭そのものは同じですが、女性や子供達が祭員の場合が地方ではよく見られます。
大本では職業としての祭員はいなくて、講習会を受けて任命された人が奉仕されます。誰でも祭員になれるというのは大本の大きな力であると思います。
私はこれこそ宗教の民主主義であると考えるようになりました。月によって女性の祭員だけの神の家も あります。
各家庭においても月次祭が執り行われています。大本信者は世界の立替えは各家庭から始まり、それがさざ波のように広がっていくと
信じています。
多くの青年は祭員奉仕を各家庭の月次祭でデビューすると聞きました。
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