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大本「みろく村」との出会い 2007.4.10

作陶家 コーリーン・キーベルト

(日本語訳 木村且哉)

photo  2007年4月10日の午後、桜が満開に咲き誇る山間部を通り抜けて、出口紅大本教主さまとのご面会のために綾部に行きました。

 大本の綾部本部に新しい芸術村ができ、そこで教主さまにお会いするということを矢野国際部次長から繰り返し聞いていました。そのため私は、芸術村とは綾部地域の芸術家たちのコレクションの場なのだろうと考えていました。


 矢野国際部次長と木村国際部員に案内され、芸術村に足を踏み入れた私はすぐに、そこは以前からある古い陶芸工房とその周辺であることに気づきました。

 しかし、古い納屋が撤去されあと、美しい石壁が作られ、洗練された石畳が丘の上まで続いているために、案内が無ければ、おそらくその場所だとは気づかないでしょう。  

 また石壁の上には、印象的な木造のサインボードがあり、弥勒菩薩、または新世紀を意味する「みろく」村という名前を記した紅さまの書が彫ってありました。  


 この「みろく村」という名前こそが、「世界平和の鍵は芸術を通して現れる」という大本の人々が信じるものなのです。

 仏教の教えによると弥勒菩薩とは、今から数十億年後の世界を最終的に済度し平和をもたらす菩薩で、釈迦牟尼仏に次いで仏になると約束された最後の菩薩なのです。


photo  私たち3人は、簡素だけれどもすばらしく美しい茶室に通されました。

「みろく村」と書かれた紅教主の書が床の間に掲げられていました。

 そこで教主さまは、右利きであるにもかかわらず、うまく書こうとしないためにこの書を左手で書きましたと、自ら説明して下さいました。


 紅教主作陶のお茶碗でお抹茶をいただきました。その茶碗はまさに彼女の人柄をそのまま写しだしたものでした。たった3週間で400個余りもの茶碗を作ることで自らの才能を引き出されたことに、疑いの余地はありません。

 その作品はとても自由で、さまざまな形を持ち、表情に富んでいます。  

 お茶碗の絵付けを拝見しながら私は思ったままに「どれが木でしょうか」とお尋ねしたところ、近代の日本人陶芸家の多くが具体的な物を描くのとは対照的に、紅さまは「ただ思いのままに描いたものです」とお答えになりました。


 教主さまは、由緒ある上り窯で焼いたご自身作のぐい飲みを、お土産にと私に下さいました。手触りは粗めのもので、口まわりは手作りにふさわしく形が自由で、色合いは白の、むしろ志野焼のような色といってもよいでしょう。

 また、藍染めの大きな反物をくださいました。その反物の柄は、ネイビー色の藍染めと淡い青色からなる縦縞でした。


photo  私は紅さまに、ティファニーがニューヨークのメトロポリタン美術館で展示していた、フジの花をあつらえた深紫の絹ビロードで出来たスカーフを差し上げました。

 私はメトロポリタン美術館でそのスカーフを見た時に、即座にこれこそ紅さまへの贈り物にふさわしいものだと感じました。

 彼女はメトロポリタン美術館のことはよくご存知でしたが、ガラス工芸家のルイス・カムフォート・ティファニー(ティファニー社創業者チャールズ・ルイス・ティファニーの息子)のことはご存知なかったので、この機会にティファニーについて、彼は日本芸術の影響をどんなに受けているのかということの説明をしました。


photo  コーヒーをいただいてから、私たちは織物工房に案内されました。お茶室と同じようにそこは、 洗練された質素さと清らかさの中に上品な趣きのある場所でした。

 そこには6台の織り機があり、職員の方が機を織っています。別の部屋には教主さま専用の機があり、その部屋の一角には、教主さまが機を織られる間、職員が拝読できるような場所があります。

 この部屋は、隣の陶芸工房に面した庭に窓が向いています。


 陶芸工房はきちんと片付けられていて、人間国宝の一族である技師が教主と共に働き、彼女に手ほどきをしています。

 棚に並べられた焼き物は無造作に置かれ、うわ薬は自由にぬられていました。
形はそれぞれ異なり、高台は表現に富んでいました。
 それらはあたかも、いつでも次の出番を待つダッグアウトのようでした。

 作品全てに高い次元のエネルギーがあり、観る者に感動を与えます。王仁三郎聖師と直日三代教主の面影が感じられます。


 陶芸工房の外、茶室と織物工房の向うに菜園があります。これもまた、芸術村の一部なのです。食物は特に良く育っています。菜園も芸術探求へ向けて一役買っているのです。紅教主のこの芸術村での務めの中で、菜園はまた第三の芸術なのです。ところで、酵素は大本の方が最初に考案したものだと思うのですが、どうなのでしょうか。

 他にも、とても興味深い発見が菜園の下にあったのです。

 教主さまはそこに「土」があるに違いないと直観的に感じられていました。側の人たちは、 教主さまがただそのように想像されているだけであると考えていました。

 しかし、教主は職員たちに採掘を命ぜられ、そして、菜園の70、80cm下から、 お茶碗作成に最も適した良質の土が出てきたのです。そして、およそ15m四方の大きな範囲を掘りあげ、 これまでのところ、作陶4年間分に匹敵する土を集めたのです。その土は菜園のすぐ横でパイルにくるまれています。今後3年間はこのままであることでしょう。


 私が見て来たように、この芸術村とは、お茶、織物、陶芸、そして菜園が融合されたものなのです。


 紅さまが、この場所をすばらしく変質させられたことに私は感動を覚えました。この芸術村そのものが芸術活動なのです。聖なる芸術こそ、大本の使命を表すよい例なのです。

 質素で清澄なこと、あるいは、清らかさや誠実さというものには、何かとてもこの上にないものがあるのです。
 教主の振る舞いや、信仰への帰依こそが、それを物語っていると思うのです。  


photo  この後、綾部の神苑を案内されました。
 私は、駐車場で先日完成したばかりのものを見せられました。

 紅さまは、ある場所から水が湧き出ると信じ、掘削しなければと思いました。その通りに、そこからまったくのきれいな水がわき上がってきました。まれにみる水でした。

 教主さまはこの水を綾部の神苑を通して池に流すようにしむけました。その水が日本海に流れ(私は芸術村を通して流れ出ると考えますが)、そして最終的に世界がこの浄めの水によって一つに結ばれるのです。  

 わき水の上にマウンドのように土が盛られ、そこに約1m50cmの記念碑が建っていました。その記念碑には紅さまの書が刻まれてあり、この水の意味が書かれていました。


 紅教主さまの行いと影響力は、まさに突出したものであり、私の心を感動で奮い立たせる存在なのです。 (2007.4.10)  



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