モンゴル滞在記(その6)/番外編(ウランバートルの巻)
人類愛善会宗教協力推進室次長 山田歌男
(その1)
(その2)
(その3)
(その4)
(その5)
(その6)
それでは、番外編としてモンゴルの首都ウランバートルの滞在日記をお伝えしましょう。
ウランバートルは人口約100万人以上の都会です。15年前に民主化されるまでは、モンゴルは社会主義の国でした。
社会主義の時代はロシア(当時ソ連)との親交が深く経済交流も盛んに行われていたので、
ウランバートルは東欧諸国の街並みと似ているところがあります。
15年前に民主化されてからはアメリカ的な風景が混在する街になりました。
全体的には日本の昭和40~50年代の街の雰囲気でしょうか。もちろん近代的な高層ビルや高層マンションもありますが、
せいぜい高さは20階位までの高さしかありません。この街は発展途上の街といえるでしょう。
街の中心部。
街の通りは大勢の人が歩いていてにぎやかです。若い女性は大変おしゃれですが、
冬は防寒を第一としているので地味な服装が多くなっています。携帯電話はよく普及しており、
若者たちはメールのやりとりに熱中しています。街にはノキア、サムソン、ソニー、東芝の携帯電話の看板が
よく目立ちます。
モンゴルには著作権という概念はあまり普及しておらず、いわばコピー天国となっており海外の
映画・番組等は日本よりも早く見ることが出来ます。
またテレビ番組はケーブル配信で約40チャンネルの番組があり、CNN、WBCのニュース番組から、
韓国・中国・ロシア・米国・日本の映画・番組を楽しむことが出来ます。
もちろんモンゴル語に吹き替えをして放映をしています。
市内の町並み。
ウランバートルは標高1300mの高地にあり、気圧が低いので日本から持参したポテトチップスや
カップラーメンは丸く膨らんでしまいます。しかし日常生活では呼吸が苦しいと感じることはありません。
ここの気候は、夏が6~8月、冬は11~4月と冬が長く、冬の最低気温はマイナス10~30度の厳寒気候です。
積雪はさほど多くありませんが、一度雪が降ると解けずにそのまま氷となって残ります。
だから冬の道路はいつもツルツルのアイスバーン状態でたいへん危険です。でも滑って転んでいるのは外国人だけで、
モンゴル人たちは平気で歩いています。
気温マイナス20度といっても、日本の寒さとは質が全然違います。
ここの寒さは湿度が少ない乾燥した寒さなので、外気を直接肌にあてなければさほど寒さを感じません。
日本の湿った底冷えする寒さの方が厳しいとさえ感じます。ただ長時間屋外にいると凍傷になりますし、
冷気を急にのどや肺に送り込むと肺炎・気管支炎になりやすいので注意が必要です。
ウランバートル市内の商店には商品がたくさん並べられており、物が不足しているということはありません。
市内には高級デパートや大型スーパーもたくさんあり、世界のブランド品や最新の電化製品もたくさん並べられています。
確かな数字ではありませんが、モンゴルの平均的な所得水準は日本の10分の1位ではないでしょうか。
これは普段買い物をして得た感覚です。一般労働者の所得は月2~5万円とも聞いています。
ですから経済的には我々日本人がモンゴルで生活することはさほど大変ではありません。
食費だけなら1ヶ月1万円で十二分に生活できるでしょう。
しかし食品や日用品のほとんどが中国・韓国製で、価格が安い代わりに品質もあまり良くありません。
モンゴルの人々は「中国は良い品を日本に送って、粗悪品をモンゴルに送る」と怒っていますが、
実際のところはモンゴルの人たちも高品質より値段の安い商品の方が良いという人も多いようです。
全般に欧米からの輸入品は割高で、特に日本製品は全てが高価となっています。
(写真右) 国営デパート。商品は豊富にある。
いま富裕層の間では液晶テレビが人気あり、最も人気のあるメーカーは、ソニーよりも韓国のサムソン製
だそうです。海外での商品の評価はなかなか的を得て面白いものがあります。
街にはモンゴル料理、中華料理、韓国料理、日本料理、フランス料理など各国の飲食店が並んでいます。
料金は日本の5~10分の1程度でしょうか。安い上に量が多いので全部食べるのに苦労します。
またおしゃれなバーやディスコには若者たちが大勢集まり楽しんでいます。これはどの国でも同じ光景です。
「モンゴルの主食は?」と聞かれると答えに困ります。肉でしょうか。
包子(ボーズ、小龍包のこと)でしょうか。はっきりと答えることが出来ません。
どの料理にも肉が使われていますので肉料理が主食でしょう。肉はいろいろな種類があり、
牛、羊、馬、豚、鶏、イノシシ、鹿、ガゼル、ラクダなどの肉を食べます。それぞれ味わいが異なり美味しいお肉です。
でも日本の肉と違い、固く脂身が多い肉です。モンゴルの人たちは「肉は固いもの。脂身があるもの」
と思っており、日本のとろけるような柔らかい肉は「この肉は腐っている」と勘違いし、
脂身を切り除いて捨てることは信じられない事だそうです。
大本の信者さんはお肉が食べられない方が多いので、モンゴルの食事では少し苦労されると思います。
モンゴルでは厳寒気候の中で体温を上昇させるため脂肪を多量に摂取し燃焼させる必要があります。
また家畜は「歩く冷蔵庫」と同じで、ミルクを出し食肉になります。定住し耕作する農耕民族と違い移動する遊牧民
にとっては、自分で歩いてついてくる家畜はとても便利なのです。
ビタミン・ミネラルはミルク(ヨーグルト・バター)から、脂肪・タンパク質はお肉から摂取しています。
だからモンゴルでは肉料理が主食になっているのです。
また厳寒期には野菜・穀物が栽培・収穫出来ません。5月~10月だけが野菜の栽培期で、
その他の季節は中国からの輸入野菜に頼っています。しかしこの中国野菜の品質が非常に悪く、
しかも農薬が多量に使われているので健康を害する人が増えているようです。
これは社会問題化していますが、いまは中国野菜を輸入するしか方法はないようです。
日本では珍しいトロリーバス。
市内の交通機関は自家用車、バス、トロリーバス、タクシーが主に使われています。
バスの料金は30円、タクシーは1キロ20~30円程度です。
タクシーは白タクと黄タクがあり、黄タクが正式なタクシーでメーターが付いていますが、
よくメーターに細工がしてあり、どんどんと数字が上がるタクシーがあるようです。
しかし市内をどれだけ走っても料金は500円以上を払ったことがないほど安いものです。
白タクにはメーターが無く、料金は車の距離メーターを見て値段を決めます。
外国人には法外な値段(といっても1000円程度)をふっかける白タクがありますので日本人は乗らない方が良いでしょう。
黄白のタクシーとも車両はボロボロで、10~20年前位の日本車や韓国車がよく使われています。
ガラスが割れ、シートが割けているのは当たり前で、よくドアノブが無い車があり乗り降りに苦労します。
街にはタクシーが多く走る。
軽油・ガソリンは、1リッター90~110円で販売されており、軽油の方がガソリンより値段が高くなって
います。このように燃料が日本とほぼ同じ価格で売られているので、日本の感覚では1リットル1000円前後でしょうか。
モンゴル国内では石油の産出地が無く、石油は全てロシアや中国からの輸入に頼っているので非常に高価格です。
よって、どのタクシーも燃料計はEを指しており「空」のランプがついています。
お客が支払った料金でその都度1リットルとか3リットルを買うのだそうです。
街中には10~30年前の車が多く走る中、最新型のベンツ、セルシオ、BMWなどの高級車も一緒に
走っており、その光景は車の歴史・改良の進歩を見るようで大変面白い光景です。但し、日本のような排気ガス規制に
適応した車ばかりではありませんので、市内は車の排気ガスが充満しひどい大気汚染をもたらしています。
車は右側通行で、日本とは反対車線を走ります。モンゴルの運転手はとにかく負けず嫌いで、
他の車に抜かれることを極端に嫌います。また細い路地などで車同士が対面したときは絶対に道を譲ることをしません。
ノらみ合うかお互いにクラクションを鳴らし続けます。そのにらみ合いで根負けした方がバックするのです。
これはあくまでも譲るのではなく負けて仕方なしに下がるのです。モンゴルの人たちは「これがモンゴル人の気質だよ。
モンゴル人は騎馬民族で、いつも競馬で速さを競っていたからね。また馬は後ろに歩くことはできない動物だから、
モンゴル人はバック(後進)というものを知らないのだよ」と教えてくれます。これは的を得た笑える話です。
横断する歩行者。
進路変更や右左折でも車線は関係ありません。10cmでも車の鼻先を先に入れた車に優先順位があるのです。
ですから車線変更は、入りたい車と入れたくない車同士のバトルで日本人が見たら驚くでしょう。
これはマナーが悪いと言われる○阪のドライバーも真っ青の割り込み方です。でもこのバトルにも暗黙のルールがあり、
一見メチャメチャな運転のように見えても接触事故はほとんどありません。凍った路面をこんな調子で接触すれすれに車を
走らせているモンゴル人の運転技術は非常に高いと言えますが、決して日本人は安心して乗ることは出来ません。
歩行者はどこでも平気で道路を渡る。
また日本人がモンゴルの道路を横断することは命がけのことです。日本では歩行者優先というルールが
ありますが、モンゴルでは車優先社会です。車が来たら人が止まり人が道を譲ります。横断歩道でも絶対に車が止まること
はありません。日本と同じ感覚で歩いていると、間違いなく車にはねられます。そして信号交差点が少なく、
しかも信号をうかつに信用しては危険です。赤信号でも平気で車が突っ込んでくるからです。
道路を横断するときは、走っている車の間を横断します。横断中は自分の前後30センチあたりを車が
スピードを落とさずに走り抜けていきます。へたによければ車にはねられたり足を踏まれるので、
ドライバーの腕を信じてジッとしていたほうが安全です。しかし凍結している道路を渡るのは度胸と技術が必要です。
モンゴル人はこの凍った道路を実に巧みに車の間をすり抜けて横断します。小学生も同じように横断していますが、
車は平気で子どもの前後を走り抜けて行きます。これは驚きです。
車は歩行者のすれすれを走り抜ける。
またモンゴルでは外国人に「夜は星を見るな。地面を見ろ」と教えています。
それはマンホールのフタが盗まれて鉄クズ屋に売られてしまうため、いたるところにフタのないマンホールが口を開けて
いるからです。暗い夜道では大変危険で落ちたら大けがをするでしょう。どんなにモンゴルの星空がきれいでも、
必ず地面を見て歩かなくてはなりません。
口を開けたマンホール。
街には電話ボックスがたくさん並んでいます。但し、日本のような電話ボックスではありません。
電話の持ち主がボックスの中に座っており、電話をかける人が外で電話をしています。
モンゴルでは電話ボックスの電話機がすぐに盗まれてしまうので、企業が設置するような公衆電話はありません。
自分の電話を利用者に貸して出して商売をする私的電話ボックスが置かれているのです。
これも日本には見られない面白い光景です。
電話ボックス。新聞・たばこ・菓子も売っている。
モンゴルで社会問題となっているマンホールチルドレンについて報告します。
これは孤児や貧困家庭の子どもがストリートチルドレン化し、冬は温水管が通る温かいマンホールの中で生活すること
からこの名が付けられています。数年前にはこうした子どもたちが市内に数千~1万人もいるといわれ、
このような社会状況は国際社会から非難が殺到しました。国もこのまま放置しては威信にも関わるので、
数年前からその対策に本腰を入れ、また海外からの支援も多く集まり、公営・私営の孤児院や養護学校、
職業訓練学校が数多く建設され子どもたちは皆施設に保護されました。
今ではマンホールチルドレンはほとんどその姿を見なくなっています。国際社会が声をあげ支援をすることが、
このように大変よい結果につながったと言えます。しかし資金難で施設が閉鎖されたり、中には劣悪な環境で子どもたちを
預かっている施設もあり、今後は学校・施設を永続的に運営させ、施設の環境を整えることが課題のようです。
以上、簡単ですが、ウランバートルの状況をお伝えしました。
(モンゴル滞在記番外編 ウランバートルの巻 終わり)