ビル・ロバーツ
”大本鳥取本苑 完成奉告祭でのビル・ロバーツ氏のスピーチ ”
2006年10月8日(日曜日)
こんにちは、ビル、ロバーツです。よろしくお願いします。(日本語で)
このようなおめでたい日に鳥取本苑に再び戻ってこれました事を嬉しく思います。新しいご神殿の完成おめでとうございます。
本当に素晴らしいご神殿ですね。いつまでもこの美しさが維持され、1000年間,
このご神殿が守られますようお祈り申しあげます。
2004年の12月初めて鳥取本苑に参拝させていただきました。私が滞在させていただいた間も新しい本苑建設について真剣に皆様が話しあっておられた事を記憶しています。
鳥取本苑参拝後、私が本の執筆のため亀岡に滞在している間、しばしば多賀先生にお会いしました。私は日本語を話す事ができません。また多賀本苑長も英語を話されません。どのように我々が会話を成立させたのかはいまだ謎ですが、とにかく多賀先生は本苑建設がうまくいっている事を私にお伝えくださいました。
そして、ある日、多分2005年の春であったと記憶しています。私は多賀先生が腕に書類の束を抱えられているところをお見かけしました。
海面から昇る太陽のようにニコニコと嬉しそうにされており、本苑建設はまさに go であると私に話されました。
そういうわけで、私はまるで初めからこの本苑建設に自分も関わってきたように感じています。その意味でこの神聖な地での完成報告祭に再び鳥取を訪問出来ます事に感謝したいと思います。
私は今まで多くの神の家を訪問させていただきました。多分12ヶ所、いやそれ以上であると思います。しかし2年前の鳥取への最初の訪問は私にとってつねに特別な意味をもっています。
2年前の鳥取への訪問は、14ヶ月間の「大本の素顔」執筆を目的に亀岡滞在をはじめた直後でした。ご存知のようにこのこの本は本年節分大祭時に出版されました。
この本を執筆する以前にも私は何度か大本を訪問し地方支部、本苑に参拝させていただいておりました。その時に大本信徒に方々にインタビューをした事もありましたが、その時点では本を出版するとは考えていませんでした。
その意味で本の執筆の為の取材は鳥取本苑への最初の訪問がスタートでした。2年前には青年部、直心会の方々をはじめ数名の信徒の皆様に取材のインタビューをさせていただきました。
2年前は以前の神殿がここにあり、3日間私は本苑に泊めていただきました。実際聖師様が1945年(昭和20年)12月、信徒の方々に面会され、吉岡発言を発せられた部屋で宿泊させていただきました。
その部屋は特別な雰囲気があり、その部屋で実際の聖師さまをご存知の方々や聖師さまに関係した方々へのインタビユーもさせていただきました。お陰様で聖師さまの人物像やその使命についてより深く理解する事ができました。
本の出版取材をはじめるにあたり、鳥取本苑を最初の訪問地として選択していただいた大本国際部にもお礼を申しあげたいと思います。聖師さまが人々に与えた影響やそのメッセージをより深く感じる事ができました。
2年前には鳥取の美しい景色も楽しみました。景色、山、海、そして温泉も楽しみました。もちろん素晴らしいご馳走も!
特においしかったカニの味は今もよく覚えています。
変化は困難を伴う事があります。古い神殿を建て替え新しくする事にはさびしさを感じる方々もおられたのではないでしょうか?しかし、変化は新しい成長と向上の機会でもあるのです。
新しい鳥取本苑のご神殿はこの本苑がもつ使命をより深める事になると私は感じています。そして、その使命はこの地域、日本、また世界の霊的、精神的向上へ大きく寄与することになると信じます。
2年前私を暖かく迎えていただきありがとうございました。また今日皆様との再会の機会を与えていただきこころより感謝もうしあげます。
今日は私の話をお聞きくださりありがとうございました(日本語で)。
玄関横には、出口王仁三郎聖師の『吉岡発言』の要旨が、英語・エスペラントでも説明されてある。
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