誰にでもわかるチベット問題(その5)
常務理事・主任研究員 矢野裕巳
チベット仏教と霊界物語
大乗仏教と小乗仏教(上座部仏教)
◆リンポチェ(チベット仏教僧)の来苑
ダライラマ14世が亀岡に来苑された時の様子(昭和55年) 特に仏教に関心のない人でも、大乗仏教や小乗仏教(上座部仏教)という言葉を聞いたり、学校で習った事をなんとなく覚えている人は多いと思います。その他の宗教同様、仏教には多くの宗派があり、その宗派のなかにも色々な解釈や考え方があるようです。
これが絶対に正しいといった説明は難しいのですが、次のようには言えると思います。
仏教というのは、人が仏になるための道であり、その為には煩悩(あらゆる物への執着)を捨て去らなければならない。なかなか大変な事ですが、このための 修行を行うのには出家(家を出て仏門に入ること。俗世間を捨て、仏道修行に入る事)し、自分の悟りを切り開こうとする事、これが、小乗仏教(上座部仏教) です。もともとのお釈迦様の考えはこちらに近いのではないでしょうか?
それに対して、出家しなくても、在家(出家していない、一般人)の人も同じように救われると考えるのが大乗仏教です。
仏教はインドで生まれ東方へ伝わりました。日本へは中国、朝鮮半島を経由して広まりました。 チベットへはヒマラヤ山脈を超えてインド仏教がそのままの形に近い形で伝わったと言われています。 日本へは大陸を経て伝わったので、経由地での影響を受けて伝わったのは当然なことですが、共に大乗仏教である点は共通です。
◆直訳、意訳
中国人は文学的才能に優れる点で、サンスクリットから中国語訳された仏典は、原典のもつ特徴がかすんでいる、それほど見事な翻訳になっていると聞きまし た。皆さんは日本語訳された翻訳本を読む時に、何か日本の書物と違った違和感、つまり少し読みにくいと感じた事はないでしょうか?
逆に見事にこなれた日本語に訳されている場合、まるで、著者が最初から日本語で書いたのでは、と思えるような翻訳本に出くわした事もあるでしょう。翻訳 されたとは思えないような、見事な中国語訳に対して、原典を直訳し、現在サンスクリットでは残っていないチベット語訳された仏典も残っているそうです。 文体としては、立派なものではなくとも、チベット語訳されたものから、仏教の原典を研究するには、チベット仏教が適していると聞いています。
◆霊界物語
霊界物語口述中の出口王仁三郎聖師(大正14年)霊界物語には、世界中の出来事が著されていると教えられています。
15巻の12章から18章はチベットに関する地名、たとえば、”ラサフの都 “などの記述や「この地方は四面高山に包まれたる、世界の秘密国にして、交 通不便の土地なれば、他国人の入国を許さざる所である。されど・・・」や「この秘密郷も実に天国楽土のようなものでございましたが、」等の記述があります。
内容の解釈は解りませんが、口述されたのが、大正11年であるのは、面白いと思います。
「将来、多くの学者がこの物語を研究する時がくるだろう」と、言われていることが思い出されます。 今後機会があれば、折に触れ、取り上げたいと思いますが、今回でひとまずチベット問題を終わりたいと思います。
