誰パレ19 of NPOイスパレ

NPO法人大本イスラエル・パレスチナ平和研究所
Oomoto Peace Institute for Israel and Palestine
「イスラエル・パレスチナ紛争」を中心に世界の紛争を学び平和に貢献する具体的活動の実践を目指します!

誰にでもわかるパレスチナ問題(その19)

常務理事・主任研究員 矢野裕巳




 新聞、ラジオ、テレビ等で最近毎日のように耳にし、目にするパレスチナ問題、現代の中東問題も、根本原因はパレスチナ問題にあるという報道を聞かれた人もあると思います。
それでは、パレスチナ紛争とは何なのか?また、いったい何が問題なのかを数回に分けて考えてみます。
 まずは、おおまかに古代から現代までの歴史を考えてみましょう。


◆「9.11」


9.11.jpg2001年9月11日15時頃、筆者撮影 『どうやらこれは、パレスチナ過激派の仕業らしい』、また『世界貿易センターに勤めるユダヤ人をターゲットにしたテロらしい』、『ニョーヨーク金融界を牛耳るユダヤ人排斥運動の始まりだろう』あるいは『いやいや、これはむしろユダヤ人自身が仕組んだテロである』 

 2001年9月11日、午前9時頃であったと記憶しています。セントラルパーク西81丁目、エクセルオールホテルのロビーでの宿泊客や従業員との会話である。根拠のないデマがマンハッタンを駆け巡っていました。

 9月13日の国連総会に先立つ各宗教代表者の祈りの集会に出席する出口眞人氏と共に私は通訳として9月10日の夜、ニューヨーク入りしていました。テロの直前まで私は、二人のユダヤ人と電話をしていました。同じようにニューヨーク入りしていたデービット・ローゼン師(ユダヤ教ラビ)とフィラディルフィアに滞在していた、マイケル・ライナー博士でした。それだけにロビーでの『ユダヤ人への攻撃』との会話は私にとってショッキングなものでした。

 実は日本を離れる5日前にジェームス・モートン ニューヨーク宗際センター所長からファックスが入り、9月11日に開催される、エルサレム問題の討論会と昼食会に大本からも出席して欲しいとの要請があり、予定を1日早めて9月10日に関西空港を出発していました。もし、予定を変更せず9月11日に出発していたら、困難な中で開催された13日のコフィ・ アナン国連事務総長を迎えての祈りの集会に出席出来なかったでしょう。
 また、米国に入国する事なく、恐らくはカナダのどこかの空港で少なくても1週間は缶詰め状態になったと思われます。

 ほとんどの行事がキャンセルになる中で、9月13日、ミッドタウンにある聖バーソロミュー寺院で大本を含め15の宗派の祈りが捧げられました。イスラム教の代表者が祈りのなかで、今回のテロを強く非難、イスラムの教えに真っ向から相反する行動であると述べた時は500人をこえる参列者から大きな拍手がおこりました。

 最後に挨拶に立ったコフィー・アナン氏もテロに対する非難とともに、安易な報復に対する警告を発しました。暴力に対する暴力の報復は、真のテロ撲滅にはつながらないと繰り返しました。テロから2日後の米国の世論を考えれば、かなり勇気ある発言であったと思います。 

 航空チケットを変更する事なく、私達は9月16日午前9時のフライトでニューヨークを離れました。デトロイトを経由しテロ後、米国からの初めてのフライトで関西空港へ17日帰国しました。

 私にとって生涯忘れる事の出来ない8日間でした。テロ直後は、しばらくは帰国出来ないかもしれないと考えたこともありましたが、丸4年たった今でも鮮明に覚えている事が2つあります。

 ラガーディア空港を離陸した直後、機内から今だグランドゼロから立ちこもる煙を満席の乗客すべてが見つめていた事。少なくとも私の席から見える範囲において全員が見つめていました。

 もう1つは、ラガーディアからデトロイトに到着するとすぐに銃をもった男女2名の兵士が機内に乗り込み、私達の席の3,4席前のアラブ系の人物を連行した事でした。機内は凍りついたような雰囲気になりました。
テロの犯人逮捕か?
 私を含めて何人かはそう考えたに違いありません。のちに米国は、9.11後多くのアラブ系の人々を連行し、その大半はテロとは何ら関係ない無実の人達でした。デトロイトでの人物もその中の一人であったのでしょう。

 冒頭でのユダヤ人へのデマ、同時多発テロ後のアラブ系民族への無知。
パレスチナ紛争を含め多くの紛争は誤解と相手への恐怖からの偏見がその根本的要因として存在しているのではないでしょうか。



誰にでも分かるパレスチナ問題

目次

1    パレスチナ戦争、何が問題なのか?」
2    パレスチナ紛争はここ100年の問題」
3   「ユダヤ人とは?」
4   「2枚舌? 3枚舌」
5    「国連分割案(1947年)
6    「イスラエルの建国とパレスチナ難民」
7    「アラブ民族主義の台頭、そして英仏植民地主義の終焉へ
8      PLO(パレスチナ解放機構)設立と6日戦争
9    「第4次中東戦争」
10  「キャプデービット合意」
11  「インティファーダー(民衆蜂起)」
12  「湾岸戦争とパレスチナリンゲージ」
13  「オスロ合意からラビン首相暗殺まで」
14  「イスラエル極右勢力とパレスチナ過激派」
15  「ユダヤ人が2人いれば政党が3つできる」
16  「綾部市、エルサレム市友好都市宣言」/「エルサレムで『平和祈願祭』
17  「指導者の決断」
18   神は死んだ。パレスチナ問題の複雑さに悩んで!
19  「9.11」
20  「綾部市長の英断」
21  「走りながら勉強を!走りながら準備を!」
22  「絶望はおろか者の結論」
23  「分離壁そしてアラファトの死」
24  「次の世代には・・・/川をこえる橋
25  「大本、ユダヤ教の婚礼」
26  「ガザ撤退」
27  「想定外は想定内」
28  「圧力と譲歩」
29   イラナ・ジンガー博士からのメール
30   亀岡プロジェクト1
31   亀岡プロジェクト2
32   亀岡プロジェクト3
33   亀岡プロジェクト4
34   亀岡プロジェクト5
35   ジュベル・ムーサ(モーザ山)/パレスチナ人から見た中東和平への展望
36   大本大祭、大本歌祭へ
37   米国の役割、日本のアプローチ
38   亀岡プロジェクト 最後の締めくくり
39   建設的あいまいさ
40   よりよい世界をめざして
41   改めてパレスチナ問題の基礎から
42   亀岡平和祈念式典へのメッセージ
43   イスラエル軍によるシリア空爆
44   イスラエルロビーとパレスチナ和平1
45   イスラエルロビーとパレスチナ和平2
46   イスラエルロビーとパレスチナ和平3
47   ヨルダンハシミテ王国1
48   ヨルダンハシミテ王国2
49   ヨルダンハシミテ王国3
50   シリア1
51   シリア2
52   東京大本歌祭
53   マドリード世界対話会議/サミールナウリ ヨルダン大使講演
54   ハイム ホシェイン公使
55   イスラエルトパレスチナ?
56   敵の敵は味方?
57   イスラエル右派政権誕生・・・・和平へのプライオリティー
58   イスラエル政府の行動に疑問を投げかけるユダヤ人
59   ユダヤ人であることとイスラエルを否定することは矛盾しない
60   ユダヤ教、キリスト教、イスラム教1
61   ユダヤ人はなぜ迫害去れてきたのか?
62   ユダヤ人迫害の歴史を通して考える
63   預言者を通してユダヤ教、キリスト教、イスラム教を考える
64   安息日を通して通してユダヤ教、キリスト教、イスラム教を考える
65   聖地を通してユダヤ教、キリスト教、イスラム教を考える
66   一神教と多神教

誰にでも分かるチベット問題

誰にでも分かる世界の紛争

サダト大統領暗殺30年のよせて

目次

その1
その2
その3
その4

Bill Roberts

講演録