誰にでもわかるパレスチナ問題(その2)
常務理事・主任研究員 矢野裕巳
新聞、ラジオ、テレビ等で最近毎日のように耳にし、目にするパレスチナ問題、現代の中東問題も、根本原因はパレスチナ問題にあるという報道を聞かれた人もあると思います。
それでは、パレスチナ紛争とは何なのか?また、いったい何が問題なのかを数回に分けて考えてみます。
まずは、おおまかに古代から現代までの歴史を考えてみましょう。
◆「パレスチナ紛争はここ100年の問題」
紀元前15世紀~16世紀、今からおよそ3500年程前、神はアブラハムにカナン(イスラエル)の土地を与える事を約束する。アブラハムはカナンに行くが、その子孫は飢饉の為、一時エジプトへ逃れる。そこでの奴隷生活をモーゼが救い出しユダヤ人は再びカナンに戻る。それ以後は前回お話したように、ダビデ、ソロモンと続き紀元70年ローマに滅ぼされ、それ以後ユダヤ人は国を持たず、1948年のイスラエル独立へと歴史は展開する。
では、アブラハムが神の約束に従いカナンの地へ入った紀元前16世紀にはこのカナンには人は住んでいなかったのでしょうか?
実際にはこの地には、紀元前20世紀ごろからカナン人と呼ばれる人々が住みつき始めた様です。この地域の人種の発祥については様々な説があります。が、少なくともアブラハムがカナンの地に来た時、エルサレムもジェリコも都市国家としての機能を持っていたといわれており、その後、前回触れたダビデ王がヘブロンからエルサレムに首都を移しますが、そこには、原住民が生活していた事になるでしょう。
私自身は、すべての土地には先住民が存在し、そのことをもって国家の歴史を語れないことの理不尽さを感じます。それでも旧約聖書、中東関係の書物、また、「十戒」を始めとする映画に見られるように、パレスチナの歴史が、パレスチナ史というより、ユダヤ民族史ではないかという考えがあることも覚えておくべきかも知れません。紛争があると言うことは相反する二つの考えが存在することで、パレスチナ紛争の根源も、こんなところにあるかもしれません。
パレスチナの長い歴史を考えてみれば、あたかもこの地域の紛争は何千年まえから続いているように思われる人も多いかも知れません。しかし、今日のパレスチナ問題は古来の歴史的経緯から生じたものではありません。今から100年程まえに起こったヨーロッパからパレスチナへのユダヤ人の移住がきっかけなのです。それまでは、アラブ人、ユダヤ人はそれぞれ、別の宗教をもちながら、共存して来た歴史があります。
その移住へと追い立てたユダヤ人への差別、迫害がこの問題の根源をなすものです。
◆「シオニズム」
ヨーロッパを中心とするユダヤ人に対する迫害が強まる中、ユダヤ人の国を創ろうとする運動が今からおよそ100年前におこりました。『ヨーロッパ各国にいかにユダヤ人が同化しても、結局反ユダヤ主義によって迫害される。ユダヤの国が再建されない限り、真のユダヤ人の解放はあり得ない。』と考えたのでした。
自分達の祖国に帰ろうというこの運動はシオニズムと呼ばれています。シオンとはエルサレムの別名であります。国を失ったユダヤ人はいつか救世主があらわれエルサレムに神殿を再建してくれることを信じていました。しかし、これはあくまでも宗教的な信条であり、『ユダヤ国家再建』をめざす、シオニズムとは無関係であったのです。
シオニズムの指導者テオドール、ヘルツルはもともと、ユダヤ人の移住先がパレスチナでなくとも、アフリカのウガンダや南米のアルゼンチンでもよいと考えていたのです。今でも少数でしょうが超正統派とよばれる人々は社会主義を自認していたシオニストが造り上げた世俗国家イスラエルの存在を認めていないといわれています。彼等は、神が自分達を約束の地から追放し、神が許すまでは離散生活を継続すべきだと考えているようです。人間が勝手に国を創ってはいけないということです。
シオニズムの原点である、他民族と同じように自分達の国を、ユダヤ人が少数民族でない国を創ろうという考えは聖書の考えに反するのでしょうか?神から選ばれたユダヤ人(選民)が他民族と同じでは具合が悪いのでしょうか?
