colamn7 of Oomoto Peace Institute for Israel and Palestine

HOME > colamn7

誰にでもわかるエルサレム問題
ユダヤ教1

ユダヤ教の開祖は? そしてその始まりは?
みなさん、ご存知かもしれませんが、ユダヤ教に開祖はいません。日本の神道に開祖がいないのと同じです。長い年月をかけてでき上がった、ユダヤ民族の宗教です。
「4千年の歴史を持つ」とよくいわれるユダヤ教。では、実際にいつごろ生まれたのでしょうか? 
ユダヤ人の歴史はアブラハムから始まります。旧約聖書によれば、アブラハムは紀元前2000年ごろ、神の声を聞き、メソポタミアのウルから西へ向かい、カナンの地に到着。カナンの地は、唯一神・ヤハウェが、アブラハムとその子孫に約束した土地で、現在のイスラエル、パレスチナに当たります。
ユダヤ人の歴史は、ユダヤ教の歴史でもあり、その意味では、ユダヤ教は4千年前に始まっています。なかなか理解しにくいことですが、ユダヤ教徒=ユダヤ人です。ユダヤ教徒になれるのはユダヤ人だけです。逆に日本人もユダヤ教に改宗すれば(改宗は簡単ではないですが)、ユダヤ人になります。理屈の上では、ユダヤ人の仏教徒は存在しないのです。仏教徒になった時点で、その人はユダヤ人ではなくなるのです。両親がたとえユダヤ人でも本人がキリスト教徒になれば、ユダヤ人ではありません。
ユダヤ教を学ぶには、神に選ばれ、神の啓示(お示し)を受けたヘブライ人(ユダヤ人)の民族史を理解しなければなりません。

神さまとギブ・アンド・テイク?
ユダヤ教の聖典は「旧約聖書」です。旧約があるということは「新約聖書」も存在します。旧約とは「古い契約」と言う意味で、新約とは「新しい契約」です。
それでは、誰と誰との契約でしょうか? それは神と人間との契約なのです。神と人とが、対等に、契約、取引するという考えで、即座には把握できないですね。
神は、ユダヤ民族を選び、彼らに守るべき教えを伝えます。神に選ばれたユダヤ人は、その教えを生活の中で実践します。
「信じるものは救われる」ではなく、「信じるだけでは救われない」のがユダヤ教です。ユダヤ人は、絶対神を信仰すればいいのではなく、その神の命令である「契約」を実践しなければ意味がないのです。
その実践と引き換えに、神は、ユダヤ民族に永遠の魂の救済を与える、つまりユダヤ人を永遠に守ってくれるとの約束です。まさに神と人とのギブ・アンド・テイクなのです。
ちなみに、この旧約、新約という名称は、キリスト教からの見方で、ユダヤ教からみれば聖書は一つです。ユダヤ教徒は「旧約聖書」とは呼ばず、ただ「聖書」と呼びます。より正確にいえば、ユダヤ教徒にとって、旧約聖書の最初の5書「創世記」、「出エジプト記」、「レビ記」、「民数記」、「申命記」が最も重要な経典で、「トーラ」あるいは「律法」と呼ばれています。また、モーセ自身が書いたとの言い伝えがあり、「モーセ5書」とも呼ばれています。現在では、これに関して、否定的な意見も多いですが、伝統的にそのように考えられています。

モーセと十戒
それでは、唯一全能の神・ヤハウェがイスラエルの民(ユダヤ人)と結んだ契約とはどんなものなのでしょう。
紀元前1260年ごろ、エジプトで奴隷として虐げられていた、イスラエルの民を率いて脱出したのが、モーセです。創世記の「出エジプト記」に詳しく描かれています。また映画の題材にもよく登場しますね。
モーセは、イスラエルの民をエジプトから救い出し、約束の地・カナン(現在のイスラエル、パレスチナ)へ導きます。シナイ山では、神とイスラエル人との民族的契約を結ぶという重要な役割を果たすのです。これは「十戒」と呼ばれ、以下のような内容です。モーセを代表に神から与えられました。
1、私以外を神としてはいけない
2、偶像を作って神としてはいけない
3、神の名をみだりに唱えてはいけない
4、週の7日目を安息日として、これを聖別せよ
5、父母を敬いなさい
6、殺してはいけない
7、姦淫(かんいん)するな
8、盗んではいけない
9、偽証してはならない
10、隣人の家をむさぼるな
ユダヤ教は、このモーセが唯一神と結んだ契約、「十戒」に基づく戒律の遵守、実践を最重要視します。「トーラ」に書かれている戒律は、全部で613。その中で、しなければならないこと、248。してはいけないこと、365。食物規定から、割礼、安息日、生活全般にいたるまで、細かな取り決めがあります。

カシュルート(食物規定)
ユダヤ教徒が食べてよい食物を「コーシェル」といいます。英語はKosherで、「コーシャー」ともいわれます。動物については、蹄(ひづめ)が割れて、反芻(はんすう)することがコーシェルの条件で、豚、ウサギ、ラクダ等は食べれません。ヒレと鱗のある魚はコーシェルで、その稚魚や卵は食べることができます。イクラは食べられます。でもチョウザメの卵であるキャビアはダメです。同様に、鱗のないエビ、カキ、たこ、うなぎ、貝類はコーシェルではありません。牛肉は食べてもいいのですが、血のしたたるビーフステーキは食べれません。血は命で、血を食することは禁じられています。
イスラエルのホテルの朝食は、野菜、果物が豊富で、多くの日本人旅行者にも好評なビュッフェです。私もつい普段より沢山食べてしまいます。ただ朝食の国際的定番であるハム、ソーセージ、そしてベーコンは見たことがありません。

Meat or milk (肉か乳製品か)
トーラには、「子ヤギを、その母の乳で煮てはならない」という言葉があり、肉と乳製品を同時に食べることはできません。
したがって、肉料理を食べて、デザートにヨーグルトが出るなら、デザートの時間はかなり遅れそうです。そのため、イスラエルのコーシェル認可レストランでは、肉を出すところは、乳製品を一切出さず、また、乳製品を出すところは、肉類を一切出しません。
一般の家庭でも、肉用と乳製品の皿を別にして、洗い場を2つに分けているところもあるそうです。
ある日のディナーは、メインディッシュが魚、チーズたっぷりのビザ、パスタで、デザートはアイスクリーム。または、メインディッシュが肉、デザートがシャーベット(乳製品のアイスクリームはダメ)かチョコレートケーキでしょうか?
ビーフシチュー、ミートグラタン、ハムとチーズのサンドイッチもだめですね。
ちなみに、敬虔なユダヤ教徒が多く住むエルサレムのマクドナルドでは「チースバーガー」はメニューにありません。
ビッグマックを頼んでも「チーズ入れます?」と店員さんに聞かれることがあるそうです。

それは聖書に書いてあるから
どうしてこれほど、厳しい食物規定があるのか? 「昔は衛生状態が悪く、人々の健康を守る為に、食べてよいものと食べてはいけないものを厳しく規定したのだ」と書かれている書物もあります。また、「肉と乳製品を一緒に食べると、消化に悪いので、医学的見地からも利にかなっている」との説明を聞いたこともあります。
豚肉などは、当時の保存技術に問題が多かったので、食べてはいけないとする解説が多い一方、栄養価が高く、食材としても、料理の幅を広げる意味でも、これを禁止するのは、あえて、人間の欲望を押さえる訓練をするためであるとの理由もあります。「人間は食べたいもの、美味しいもの、栄養のあるものなら何でも食べるのではなく、ある食べ物に制限を加え、その制限を守れる人が、強い人間になる」というのが、ユダヤ教的な考えかもしれません。
ちなみに、中国料理では、豚は「鳴き声以外は全部使える」と言われていることを最近知りました。
しかし、私は、それぞれの規定には、理由があるとしても、根本的には「それは聖書に書いてあるから」、だからそれを守るのというのが、本当の理由だと思います。
結果として、この複雑な食事規定や、諸々な独自の戒律を守ることで、ユダヤ人は、何千年にもわたり、国を持たず、世界各地での離散の中でも、自分たちのアイデンティティを守ってくることができたのです。しかし、同時に、その独自性によって、苦難の歴史、差別の歴史を体験することにもなったとも言えるのですが。

ヘブライ人=イスラエル人=ユダヤ人
ユダヤの歴史が始まる紀元前2000年ごろ、ユダヤ人は遊牧民族でした。彼らは、ヘブライ人またはヘブル人と呼ばれていました。彼らが、モーセによってエジプトから逃れ、約束の地・カナンに定着したころ、ヘブライ人はイスラエル人と呼ばれるようになりました。また、ソロモン王が亡くなり、イスラエル王国が南北に分裂した紀元前930年、南の王国はユダと呼ばれ、ここからユダヤ人という名前が使われ始めます。紀元前586年、イスラエル人が離散し始めてから、ユダヤ人と呼ばれるようになりました。大方の時期によって呼び名が変わっていることで、同意語と考えていいと思います。
次回は、私たち日本人にはなかなか理解しにくい、ユダヤ教の安息日や偶像崇拝について学んでいきましょう。

次へ
前へ